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第8話

【 史 己 視 点 】  日記に書いてあった通り、御影は他の人には見えないようだった。  自分にだけに見える背後霊のようなものだろう。  背後霊を背負っているからといって、囲碁でプロ棋士を目指すわけでもなければ、殺人ノートで新世界を創るわけでもない。史己は今までもこれからも普通の高校生でいくつもりだ。  強いて人と違うといえば、その背後霊の貞操を奪いたいと目論んでいることぐらいだ。  しかし、そんな野望を抱いていることが本人にバレてしまったら、ドン引きされるにきまっている。  さっきも初対面の会話から散々だった。てっきり御影に嫌われてしまったかと思ったが、そうではなかったようだ。  その証拠に踊りを見せてくれたり、家事をやると言い出したりしてくれた。  彼の踊りは美しかったし、いつまでも見ていていたいと思ったが、別に史己はサーカスの珍獣が欲しかったわけではない。だから、いつでも踊るという彼の申し出を断った。すると今度は家事をしたいと言われたが、女中が欲しかったわけでもないので、それも断った。  すると、なんと肩を揉むと言ってきたのだ。あまり断るのも悪いと思って、承諾した。  決して、決して御影に触れてもらえるからという下心があったわけではない。  あったわけではないが、凝っていない肩を揉まれるとなんだかくすぐったく感じたし、御影の長い影が首に当たってやっぱりくすぐったかったし、なんだかお香のいい匂いがした。そこに加えて耳元で囁いてきたのだ。  そんなことをされたら、逃げ出すしかない。  そして彼は今、トイレに籠城している。 (肩を揉まれて、危うく勃つところだった……)  便座に腰掛け、顔を覆った。己の体の愚かさにため息が出る。  こんなことがバレたら変態扱いされた上、巻物に戻してくれと懇願されるに決まっている。  それだけは何としても避けたかった。  祖父が「早く出てこい」とトイレの扉を叩く。どうやら時間切れのようだ。形式的に水を流して、トイレを出ると御影の待つ自室には戻らず、居間に向かった。そして台所で夕飯を作る母親を手伝う。  作戦としては単純だ。自分の考えがバレないよう、なるだけ御影との接触を減らす。  母には熱でもあるのかと不審がられたが、まあいい。ちょうど親孝行にもなるし一石二鳥だ。  そのまま夕食まで家事を手伝い、祖母の長話に相槌を打ち、妹の勉強を教えてやった。その日の彼はいい孫であり、いい兄だったに違いない。  自室に残した御影を無視しているようで心苦しかったが、背に腹は変えられない。  悪いのは自分ではなく、可愛すぎる御影が悪いのだ。  そうして、なんとか就寝まで自室に戻らず過ごすことに成功した。明日になれば、朝から学校があるから、あまり御影を意識せずに済むだろう。  自室の襖を開くと、御影は史己が用意した座布団に行儀よく座っていた。その佇まいを見ただけでドキッとしてしまった己を必死に律する。  押入れから二人分の布団を準備する。白い敷布団を二枚並べたが、狭い部屋では二枚の布団がぴったりとくっついてしまう。それを見ただけでも、なんだか照れ臭い気分になってしまう。 (もう少し離した方が……、いやでもこれ以上は……)  布団相手に奮闘していると、背後で御影が囁いた。 「史己……」  耳元でエロい声で囁くのはゾクゾクするのでやめてほしい。しかし、そんなことを言えるわけもなく普通に振り返った。 「なに?」 「私は眠らないので布団の必要はないですよ」 「……そう」  畜生。  叫びたくなるぐらい残念に思いながら、史己は布団を一組片付けた。就寝の準備を済ませ、電気を消すと御影は呟いた。 「おやすみなさい」 「おやすみ」  人間たちが眠る間、彼はどうしているんだろう。そんな疑問を考えながら、史己は静かに瞼を閉じた。

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