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第9話
「史己……史己……」
夜も更けた頃、誰かが史己を呼ぶ声で目が覚めた。薄眼を開くと御影が自分の上に跨って見下ろしている。暗闇の中、翠玉の瞳がこちらを見つめている。
(夢……?)
いや、しかし夢にしては妙にリアルなような……。
寝ぼける史己の頰を冷たい手が触れる。
「史己、私に何かしてほしいことはありますか?」
「ん……、服脱いで」
寝ぼけた頭ではつい本音が口から漏れる。御影は首元の襟を緩めると白い胸元をあらわにさせた。
(夢じゃない!)
眠気が一気に吹き飛び、史己は生唾を飲んだ。御影は妖艶に微笑む。
「服を脱ぐだけでいいんですか?」
「駄目」
史己は上体を起こすと、彼の肩を掴んで布団に押し倒した。御影の顔を見ながら、着崩れた着物の襟から手を入れた。
「気持ちよくなってる顔も見せて」
その瞬間、御影の瞳がカッと見開かれたかと思うと彼の顔が黄色い毛に包まれみるみるうちに狐の姿に変化した。
鋭い牙で噛みつかれそうになり、とっさに避けるとそのまま宙に浮かんだ。そして史己の頭上で再び人の形に戻った。
御影の顔は怒りで満ちていた。
「やっぱり私をそういう目で見ていたんですね! 折を見て、私を慰み者にする気だったんでしょう!」
「ち……違う……、御影」
「いいえ、違いません。じゃあ、これはなんですか?」
御影は服の上から史己の股間を強く掴んだ。
「これはチンコです」
圧迫感に息を詰まらせながら質問に答えると、御影は顔を真っ赤にしてますます怒り出した。
「そ、そういう事を聞いているのではありませんっ! 硬くしてるじゃないですか!」
御影、君が相手をしているのは、十七歳の童貞だ。意中の相手に迫られば勃起ぐらいして当然だ。と言い返してやりたかったが、興奮している彼にそれを言う勇気はなかった。
「私は貴方の奴隷になるつもりはありません。私の存在意義が性欲の発散だというのなら、お断りします」
「御影、何の話?」
彼がなぜ怒っているのかわからなかった。しかし彼はこちらの質問には答えない。
「でももし、貴方に情けというものがあるのなら、私を封印する前に連れて行ってほしい場所があるのです」
情け? 封印?
御影が一体、何の話をしているのかわからなかったが、どうやらどこか行きたいところがあるようだ。
「それって、僕とデートしたいってこと……?」
「『デェト』とは?」
慣れないカタカナ語を言いづらそうに口にする御影。
「逢引だよ」
意味を教えると、御影は少し遅れてまた赤くなった。
「逢……っ! もう、馬鹿!」
御影は限界だと言わんばかりに叫ぶと、再び狐に姿を変え、史己の前から去ってしまった。
残された史己はぼんやりと天井を見上げ、よくわからないがまた彼を怒らせてしまったという事実に気づいて、泣きそうになった。
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