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岩角山の守り神

天正13年、陸奥国二本松領。 古の昔から山岳信仰で知られる岩角山。 当時の雌蕊(Ω)は、子を成す道具より、災いと凶をもたらす存在として忌み嫌われ迫害を受けていた。 その網を掻い潜り一人の雌蕊がひっそりとこの地で生き延びていた。 その者の名はゆう。 三春城主田村清顕によって滅ぼされた、安積郡内の小国、木村城主鬼生田(おにゅうだ)一族の唯一の生き残り。 ゆうには産まれながらにして不思議な力が宿っていた。見た夢が十中八九正夢になるのだ。雌蕊として乱世を生き抜くための力、ゆうはそう信じている。 国元で見た夢は漆黒の空が赤々と燃え上がる様と、紅蓮の炎に包まれる母の姿。そして阿武隈川に身を投じる己の姿。 それも無論正夢になった。 ただ違うのはゆうだけが生き延びたこと。 『ゆうだ』 『相変わらずつんつんして、可愛いげがない』 山に棲むあやかしたちがひそひそと言葉を交わす。 「仕方ないだろ、もともとこの顔だ」 ゆうは一つため息をついた。 可愛げがないのは、ややつり目の双眸のせいかも知れない。額に浮かぶ蓮華の紋様の痣は雌蕊としての証。 人それぞれ違う花の紋様を持つ。雌蕊と呼ばれる由縁はここにある。ゆうは自分と母以外の雌蕊をまだ見たことがない。 腰まである長い髪を後ろで一つに結わえ、女物の小袖に腰掛けを巻いてはいるが、れっきとした男である。数え年で15になるゆう。背が小さくどちらかといえば女顔で、あやかしたちによくおなごに見間違えられ、冷やかされる。それならとあえておなごの格好をしている。 『戦がはじまるのか』 「どうだろう。無駄な血を流すだけの戦はもう見たくない」 陸奥国を治める戦国武将は主に小高の相馬氏、二本松の畠山氏、会津の蘆名氏、須賀川の二階堂氏、そして伊達政宗に娘の愛姫を嫁がせ岳父となった田村清顕。 伊達の後ろ楯を得た田村氏は破竹の勢いで安積郡内の城を次々に攻め落としていた。 その田村氏と対立関係にあったのが、小浜城主(現在の二本松市小浜下舘)大内定綱。当時、阿武隈川東部一帯は塩松領と呼ばれていた。 8月に入り政宗は、米澤城を発ち、蘆名に寝返った定綱を討つため南下をはじめた。 定綱の娘が嫡子国王丸に嫁いでおり、当然ながら縁戚関係にある二本松城主、畠山義継にも火の粉が降り掛かる訳で。 定綱を見捨て圧倒的な兵力を誇る伊達に降伏するか、つい3か月前の戦で伊達軍を破った会津の蘆名氏と手を組み徹底抗戦をするかで家中が二手に分かれていた。 ざわざわと笹藪が大きく揺れ、熊の子かと見間違えるくらい大きな黒犬がのそっと姿を現した。 権現さまの化身と修行僧から崇められている岩角山の守り神のくろ。ゆうが小さい頃よりずっと一緒で、一番の仲良しだ。鼻先をくんくんと鳴らしゆうの匂いを嗅ぐと、甘えるように体を擦り付けてきた。

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