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岩角山の守り神
『甘い花の蜜の匂いがするんだって』
『くろ、ゆうの匂い好きだってさ』
あやかしたちが話せないくろのかわりに言葉を紡ぐ。
ゆうは一度だけくろの声を耳にしたことがある。犬が話すなどありえない話だ。空耳かも知れないが。
落城寸前に城内にいた僧侶に助けられ脱出したゆう。田村の軍勢に追われ懸命に逃げるゆうが目にしたのは炎に包まれ灰燼と化し崩れ落ちる木村城だった。
領内を流れる阿武隈川の川岸に辿り着いた時、後ろから追い掛けてきた田村軍がゆうに追い付いた。
「ほう、雌蕊か。これは珍しい」
「殿に献上する前にわしらの相手をせい」
忌み嫌われる存在とはいえ、雌蕊が自然に放つ蜜の匂いは、おなごに飢えた兵士達の情欲を駆り立て煽った。慰み者にされるよりは死んだ方がましとゆうは川に身を投じた。
そのとき一陣の風が舞い上がり、突如として現れたくろが、敵軍を蹴散らしゆうの襟首をくわえ川から引っ張り出した。
【そちには生きて貰わぬと困る。俺の・・・・・・愛しき雌蕊・・・・・・】
「くろ⁉今、何て⁉」
聞き返そうとしたときにはすでにくろの背中に跨がっていた。くろは果敢にも猛然と敵に向かい走り出した。
鬼のようなその凄まじい気迫に兵士の足がぴたりと止まる。刃を向ける者は誰一人としていなかった。
敵陣をゆうゆうと突破したくろ。
ゆうは振り落とされまいと懸命に背中にしがみつき、追っ手をかわしながら流れ着いたのがあやかしたちが守る岩角山だった。
くろがぺろぺろと赤い舌を出し、いとおしそうにゆうの手の甲を舐めはじめた。
『くろ、ゆうなんかやめておけ』
『もっとかわいい子いるだろう』
ゆうがくろの頭を撫でてやると、止めとけばいいのにあやかしたちが余計な事を言い出した。
ゴロゴロと喉を鳴らし機嫌よくしていたくろ。初めはわざと聞いていない素振りを見せていたが。くろが怒らない事を良いことに好き勝手な事を言い始めた。
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