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もう一人の雄蕊
「国王丸、梅王丸。ここには来ない様申し付けたはずですよ」
「兄上が甘い花の匂いがするって。わぁ~~大きな犬」
数え年で八歳を迎える次男の梅王丸。くろを一目見るなり目をまん丸くし駆け寄ると隣にちょこっと座り込み恐る恐る覗き込んだ。
対する嫡子の国王丸は十二歳。体が大きく意思の強そうな双眸をゆうに真っ直ぐに向け、片時も視線を外すことなく鶴姫の隣に腰を下ろした。
国王丸から微かに漂う義継と同じ雄の匂いに、ゆうは国王丸が雄蕊である事に気が付いた。
梅王丸に機嫌よく頭を撫でられていたくろもその事に気が付いたのだろう。国王丸をきっと睨み付けた。
【ゆうはおれの番だ】
『左様か。人ならね者が番など、滑稽な』
【五月蝿い】
心の声でお互い牽制しあい、国王丸も負けじと睨み返す。
そんな二人を嗜めたのは鶴姫だった。
「ゆう殿、そちがこのまま城内に留まられたら、殿と国王丸が刃を交わす事になりまする。それこそ伊達の思う壺。今宵は雨隠れし、明くる今日 にはお発ちなされ」
ゆうはその時初めて雨がしとしと降っているのに気がついた。見ると端居の先がししどに濡れていた。
鶴姫の計らいで、今宵だけこのまま二の曲輪に留まり、くろと二人奥の寝所を借りることになった。久しぶりの温かな湯船に首まで浸かり歓声をあげるゆう。ゆうの裸を見慣れているはずのくろ。恥ずかしそうに顔を逸らした。終始目のやり場に困っているようだった。
いつもくろを枕代わりに草の上で寝ているゆう。固い敷布に足を伸ばし、こうして寝ること自体久し振りではなかなか寝付かれずにいた。
くろはあえてある一定の距離を取り体を丸めた。ゆうが放つ甘い花の蜜の匂いは、日を追うごとに少しずつだが確実に強くなっている。くろのその鋭い鼻は、僅かな変化も逃すことなくかぎ分けていた。
つまりは、゛発情期が近付いている゛ということを意味していた。
普段つんつんしていても、寝顔はあどけなく可愛いものである。
寝れないと言いながら敷布の上で転がる姿もなかなか可愛いものだ。
惚れた弱味か、番としての宿命か。
例え番でなくても、その想いは何ら変わらない。
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