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けものびと
かしゃかしゃと甲冑が擦り合う音と、どたばたと騒々しい足音が夜の静寂を裂く。
くろはすっと立ち上がるとゆうの側に駆け寄った。鼻先で主の肩を揺さぶり、逃げろ‼と懸命に伝えるも、足軽たちが座敷に雪崩れ込んできた。
「ゆう殿、殿がご寝所でお待ちかねにございます」
足軽大将の男が眉一つ変えずゆうを冷たい眼差しで見下ろす。
くろの鼻先に突き付けられる長槍と火縄銃。火薬のきな臭いが立ち込める中、身動ぎもせずくろは兵たちを睨み付けた。
ただの捨て犬だったくろ。ゆうの父、鬼生田弾正に拾われ、新たな命と主を得、ゆう唯一の雄蕊として覚醒した。
ゆうが発情期を迎えるまでは本来の姿である獣人 を封印するのが弾正との約束。破る訳にはいかない。
「お止めなさい‼」
騒ぎを聞き付けた鶴姫が侍女を伴い駆け付けた。
「御方様、これは殿のご命令にございます」
鶴姫が何をどう言っても男らの耳には一切届かない。足軽らの前に立ちはだかり、くろは無駄な抵抗だと分かっていても、必死で守ろうとした。ゆうを。愛しい番を。
男たちはそんなくろを卑下し冷笑し、嘲笑った。
たかが犬の分際で殿に楯突くとは身の程を知れと。
「大丈夫・・・だから・・・」
ゆうは気丈にも笑顔を見せ、くろをそっと抱き寄せた。
「私は大丈夫だから、鶴姫様と待っていて」
ゆうはくろの体を離すと頭を撫で、姿勢を糺して三つ指をつき深々と頭を下げた。
「鶴姫様、もし万が一でも、自分が誰か分からなくなってしまったら・・・その時はくろを頼みます。これほど世話になりながら、恩を仇で返しますことお許し下さい」
卑下され差別される雌蕊とはいえ、武家の忰としての誇りだけは失ってはいけない。
それを胸に秘め、ゆうは堂々とした態度で、脇に懐刀を忍ばせ本丸へ向かった。
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