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第5話
自分の後孔に入ったままになっているラスターのペニスが、精を吐きだしながら脈を打っている。
それを直に感じながら、ルイは自分の肉襞がそれを飲み込もうと蠢いているのを止められない。
Ωとは、セックスとは、こういうものなのか。
力なくベッドに横たわり、中々整わない呼吸をぼんやりと聞いている。
意識が残っているだけ奇跡と思えるほどの悦楽だった。
それに、自分も射精していた事にも気付いていなかったが、腹を見下ろせばそこにはべっとりと自分の吐いた白い液体が残っている。
虚ろな目でラスターを見上げると、こちらを見おろしているその目はまだギラギラとした熱を孕んでいた。
「…ラスター…」
そう名前を呼んでラスターの横顔に触れる。
その手に顔を摺り寄せて目を閉じていたラスターが、次に瞼を開いた時にはその熱はどこかへと消えていた。
「…抜くぞ」
「んっ…」
ずるりと長大なものが自分の中から抜け出ていくと、ひどい羞恥がルイを襲う。
未だに異物感はあるが、それよりもそこから流れる熱い液体に動揺する。
「あ…」
「…ふっ、艶めかしい光景だな」
「な、なんでそんな事言うの…」
「思った事を言っただけだ」
それなら余計に恥ずかしいと、ルイは赤くなった顔を隠した。
「風呂に入ろう。それから…薬も用意してくる」
そう言ってラスターは一度部屋から出て行った。
薬とは後避妊薬の事だ。
セックスなどの行為があってから24時間以内に飲めば、9割ほどの確立で妊娠を避けられる。
Ωとα同士のセックスは他の交わりよりも妊娠する確率が高いが、さらにΩが発情期だった場合の確立はほぼ100%になる。
今飲まなければルイが妊娠するのは決まっているようなものだった。
ルイは自分の下腹部を撫でた。
そこにはいずれ、子供が出来るかもしれない。
このままでいれば、ほぼ確実に。
自分の体がそういう可能性を持っている事は分かっていたが、現実として生涯子供を成す事はないと思っていた。
それは自分が孤児として育った事が大きな原因だ。
自分は家庭という幸せを知らないから、子供が出来ても幸せには出来ない。
また自分と同じような子供を作ってしまうだけだ。
そう思っていたのに。
それから間もなくしてラスターが戻ってきた。
先に体を綺麗にするために部屋と繋がるシャワールームに入る。
自力で立つのも難しいルイをラスターが支え、丁寧に体を洗ってくれた。
ラスターは中に出したものを指で掻き出してくれたが、ルイの体は中に飲み込んだ精液を零さないような構造になっているので、ほとんど掻き出す事は出来なかった。
優しく体を拭かれ、抱きかかえられてベッドに座らされる。
「薬だ」
そう言って白い錠剤を二つ手渡された。
手のひらに乗った粒を見つめ、ルイは飲むのを躊躇った。
「どうした?」
訝しんだラスターにそう聞かれ、ルイは俯いたままぽつりと言った。
「飲みたく…ない」
ルイの言葉にラスターは瞠目し、ルイの肩を掴んだ。
「何を言ってるんだ。おまえ、分かっているのか?このままでは…」
「妊娠する…よね。ほぼ、確実に」
「分かっているなら何故飲まない」
「だって…!飲みたくないって、思っちゃったんだもん…」
「どういうことだ」
「分からない…でも、俺…」
どうして薬を飲みたくないのか。
それはルイ自身にも分からないが、自分の体に命が宿るというのなら、それを失いたくないと思ってしまった。
薬を飲めば奪われる。
それがどうしても嫌だった。
「…迷惑は、かけない。ちゃんと向こうに帰るし、もし妊娠していたら、一人で生んで育てるよ」
「無理だ。生まれてくる子が獣人だったらどうするつもりだ。おまえが確実に獣人と接触があった事がバレるだけではない。その相手が誰なのか、そういう問題にもなるんだ」
「だから、迷惑はかけないようにするよ」
「どうやってだ。そんな話、現実的ではないだろう」
「なんとかするよ!だから…お願い…」
この子を俺から奪わないで。
ルイは心の中でそう強く願った。
無意識に下腹部に触れる。
「はぁ…どうしてだ。この成り行きは偶然だろう。おまえは子供を欲しがってたわけでもないのにどうして…」
「ラスター…運命の番って、知ってる?」
「運命の番…?それは、知っているが…」
「俺、ラスターと俺って、そうなんじゃないかと思う」
「あれはただのおとぎ話じゃないか。現実にはそんなものはあるはずがない」
「でも俺、何かの本で読んだんだ。運命の番は魂で繋がれるものだって…」
「だからなんだ」
「ラスターとは二度も会えた。本当だったら一度だって会う事も出来ない筈なのに」
「偶然だ」
「それに、俺はどうしてラスターと普通に会話が出来ているの?」
「…どういう意味だ?」
ルイには薄々気付いていた事があった。
アッシュの言葉がルイには分からなかった事、そして、ここに来るまでに聞こえてきたラスター以外の獣人の言葉も、ルイには理解出来なかった。
それなのに何故、ラスターとだけは何も問題なく会話が出来ているのか。
「運命の番は、言葉じゃなくて心で会話しているからじゃないのかな」
ルイはそう言うが、ラスターはそれには納得が出来ない。
問題なく会話が出来てしまうラスターにはそれが分からないし、何より現実的ではなさすぎる。
「そんな事があるのか?そもそも人間も獣人も種族は違えど同じ国に住んでいるんだ。人間の言葉と獣人の言葉が違うなどとは聞いた事がない」
「だけど、領土を割ってから関わりがないのなら、言葉が変わっていてもおかしくはないし、それを知らなくても不思議ではないでしょ。現に俺はアッシュの言葉が分からないし、アッシュは俺の言葉が分かっていなかった」
「それは…そうだが」
「言葉だけじゃない。俺は…初めてラスターに会ったあの日から、ラスターを忘れた事はなかったよ」
ルイは左耳についているイヤリングに触れる。
これまで何度も何度もそれに触れ、その度にラスターや獣人の世界の美しさを思い出していた。
「それは初めて会った獣人だから記憶に残っただけだろう」
「ラスターは俺を思い出してはくれなかった…?」
ルイの問いかけにラスターは押し黙った。
ラスターも日々、ルイの事を思い出していたのだ。
初めて会った人間だったから。
そう思っていた時もある。
だけど、それだけではない感情がある事を、思いを馳せれば馳せるほど感じていた。
出来る事ならもう一度会いたい。
会って、触れてみたい。
腕の中に抱きしめたら、どんな反応をするんだろう。
そう考えた時もあった。
それでももう二度と会わないと思っていたから、どこかで諦めていた想いだった。
「…思い出していたからなんだっていうんだ。それでもおまえは人間で、俺は獣人で、これだけはどう頑張っても変わらない。俺たちは生きる世界が違う。交わってはいけない者同士だ。俺たちがこうなったのは事故だった。それはいずれ正さなければならない」
「その世界を…変える事は出来ないの…?」
ルイの言葉にラスターは驚き目を見開いた。
「何を言ってるんだ。そんな事出来るわけがないだろう」
「昔は一緒に暮らしていたのに、どうして別れて暮らす様になったんだろう。それが分かれば世界はまた一緒になれないかな」
「意味があって別れたのだから、それは難しいだろう」
「でも、獣人も人間も本当は共存できる。昔は同種でもフェロモンの効果はあったのに、今は異種間でしか効果がないのは、意味があると思うんだ。俺もラスターも、一緒に生きられるように出来てるんだって俺は思う」
これはルイが今までずっと考えて来た事だった。
「だとしても、世界を変えるなんて無理だ」
「やってみなきゃ分からない。俺は諦めたくない。これから生まれてくるかもしれない子が生きられる世界があるなら、俺は諦めたくない」
ルイの意志は固い。
それは言葉にすればするほど、ずっと強固なものになっていく。
「どうしておまえは…」
「ラスター。俺はあなたが好きだよ。まだ何も知らないけれど、でも俺を守ってくれた。見捨てた方がずっと楽で、その罪はラスターにはなかったのに。それだけであなたがとても誠実で強い人だと分かるもの」
「…俺は、おまえとは会わない方が良かったのかも知れないな」
「そんな事言わないでよ…」
ルイは苦笑を浮かべ、持っていた薬をラスターに返した。
「ルイ…」
「ごめんね。どうしても、飲めないから…」
「どうするつもりだ。世界を変えるなんて簡単な事じゃない。その前に子供が生まれでもしたら、その子供もおまえもただでは済まされない」
その時に国はどう動くのか、それはルイにもラスターにも想像が出来ない。
200年も守られてきたものを壊そうとするのなら、その存在を抹消しようとする動きがあるかも知れない。
そうなったら、ルイと子供の命はないだろう。
「それでもラスターには迷惑はかけないようにするから」
「そうじゃない!」
ラスターの怒声にルイの体はビクッと跳ねた。
「俺はおまえを守りたい。だから番になったんだ。最後までしてしまった事は想定外の事だったが、これではなんの意味もない…」
「ラスターは、不思議だと思わない?」
「…何がだ」
「あの穴。どうしてあんなものが残っていたんだろうって、考えた事はない?」
「それは…」
「俺はね、思うんだ。200年前に国は領土を二つに分けたけど、それまで一緒だった人たちの心までは分けられなかったんじゃないかって。だからね、きっと誰かが繋げていたんじゃないかと思うんだよ。想い合っていた獣人と人間が、唯一愛を交わせる方法だったんだと思う」
その可能性をラスターも考えなかったわけではない。
そうでもなければ獣人と人間の世界を繋いでおく必要はないのだから。
「だとしても、今は誰も使っていないだろう」
共存していた時代の人は、今はもう誰も生きてはいない。
人間世界では誰も使わない井戸であり、獣人の世界でも誰が認知しているかも分からないようなただの用水路の穴だ。
「でも、俺とラスターはそこで出会った。それには何か意味があると思う」
「意味なんかない。頼むから薬を飲むんだ」
ラスターはルイに薬を差し出すが、ルイは首を横に振った。
「ラスター。俺はあなたに俺を好きになってほしいなんて言わない。けれど、俺を守りたいと思ってくれるなら、このまま俺を見逃してほしい」
ルイは強い眼差しでラスターを見つめる。
それを見つめ返すラスターの眼光も鋭く、小さく揺れていたのだが、ゆっくりと瞬きをすると優しいものへと変化した。
「5年前にたった一度会っただけなのに、俺はあの時からおまえの事がずっと忘れられなかった。再び出会えた事を偶然だと言ったが、俺の方がそれを運命だと思っていた。毎日おまえを想うから、神様がそう運命づけたんだと思った。おまえを抱く事は想定外なんかじゃない。俺の願望だった。想定外だったのは、おまえが俺を好きだった事だよ。もう忘れていると思ったんだ。それなのにおまえも忘れてなかったんだな」
ルイの頬をラスターが優しく撫でた。
その温もりがルイの心を癒し、それと同時に泪が一滴、ラスターの手に落ちた。
「本当に…?ラスターも、同じだった…?」
「あぁ…」
ラスターはルイの泪をぬぐいながら、左耳に揺れるイヤリングに触れた。
「これのおかげだな。これがあったからアッシュはおまえをこっちの世界に連れて来たんだから」
「だとしたら、5年前に別れたあの日から、また再会する事は決まっていたんだね…」
このイヤリングはあの日からずっと左耳につけたままだったのだから。
ラスターはイヤリングに触れた後、もう一度ルイの泪を拭う。
今度は指ではなく、舌でそれを舐め取った。
ルイは驚いて僅かに目を見張った。
「ラスター…」
「可愛くてついな」
平気な顔でそういうラスターに、ルイは顔を真っ赤に染めて「何、言ってるの!」と声を上げた。
「俺はおまえを守る。おまえが世界を変えたいと思うなら、俺もおまえに従おう。きっと生まれてくる俺たちの子供のためにもな」
そう言ってラスターはルイの下腹部に触れた。
大きくて優しい手から温もりが伝わってくる。
「この子が生まれてくる頃には、俺もラスターも、他の獣人も人間も、何も隔たりはなく暮らしていたい。…ううん、暮らせるようにする。」
ルイのその決意に、ラスターも強く頷いた。
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