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難癖ばかりの獣達 3

「顔上げなよ〜多田野くん。取って食ったりしないし」 「は、はい!」  羽衣が多田野に声をかける。多田野は慌てて頭を上げた。羽衣がニコリと微笑み、部署の獣人を紹介していく。 「こちらが獣人課部長、トカゲ獣人の戸影(とかげ)部長」 「よろしく、多田野くん。分からないことがあれば、ここにはいないが石冰(せきひょう)くんに聞けばいい。彼に君のことを頼んでいる」  眼鏡をかけたトカゲの獣人が言った。模様なのか分からないが、顔にたくさんの皺が刻まれている。しぶとそうな貫禄があり、年は六十を越えてそうだった。 (怖い爬虫類な顔も笑えばかわいいな) 「分かりました。これまでの経験を活かし、力を発揮していきます」  気負いすぎていた多田野は肩の力を抜いた。それに気づいた羽衣が嬉しそうに笑う。 (石冰さんか……どんな獣人なんだろう?)  次に紹介されたのは茶色い熊の熊谷課長。暑がりなのかタオルで顔を吹きながら挨拶をされた。そして、デスクの上にはステンレスの水筒が置かれている。この会社は水やお茶、コーヒーは無料で飲めるため、多田野は不思議に思った。 「ん?もしかして中身が気になるのか?」  熊谷は水筒の蓋を開けて、多田野に中身を見せた。見えたのは黄金色の液体。 「中はハチミツ。これは無料で置いてないからね」  水筒を斜めに傾けたことで、とろり、と黄色い蜜が垂れそうになり熊谷は長い舌で蜜を掬った。 「あぁーハチミツ!どうしてかなぁって思ってたんです。教えて下さりありがとうございます」  最後に紹介されたのはヤギ獣人の八木。丸眼鏡から横目に一本線の目が覗き、天パなのか白い毛先がクルクルと綿菓子のようになっていた。 「へへっ、八木です。よろしくお願い致しまふん!」  喋り終わる前にティッシュで勢いよく鼻をかんだ。ふんっ、ふんっと多田野が声をかける間も無く鼻をかみ続けている。 (え……!ここで鼻をかむの?クシャミする予兆も無かったよ?!)  その後も鼻をかみ続け、多田野は声をかけれず救いを求めるように羽衣を見る。羽衣は軽く頭を抱えていた。 「あー……八木君は花粉症で一年中こんなんだから……最初はビックリするけど慣れるから大丈夫」  羽衣が八木をフォローするかのように言ったが、フォローになっていなかった。当の本人はまた「へへっ」と笑っている。 「多田野くんの席はそこね、新しいデスクのとこ」  羽衣が指差した席は熊谷の一つ空いた席の隣、 デスクの上にはノートパソコンが置かれ、左側に受話器が置かれていた。 前の席にはパソコンと受話器、黒い金庫が置かれているが誰も座っていなかった。  ただ、ガラス張りの机に指紋が一切残されていないことから潔癖さが伺える。そして、机の上は綺麗に整頓されていた。反対に資料を積み上げているのは熊谷だ。まるで要塞のようになっており、受話器も積み上げられた資料の上に置かれている。 「亀蔵(かめぞう)さんは外出中ね。昼過ぎには戻ってくるからその時に挨拶しましょ。それと……石冰さんはコーヒーでも取りに行ってると思うから、また後で自己紹介するわね」 「は、はい……」 (ってことは、ここにいないのは豹獣人と亀獣人だよな……亀がαなら鼻効かなそうだけど、豹だったら厄介よなぁ……)  多田野は会社に自身がΩであることを隠していた。元々、性別自体がβよりのこともあり発情期は三ヶ月に一度。周期を長期休暇に合わせるようにコントロールをして発情期とバレないように働いてきた。  獣人課に異動となって困ることは、本来の性はΩだということ。Ωであることがバレてしまえば、虚偽申請をしたことになり、会社をクビになる可能性があった。  緊張からか急にトイレに行きたくなり、多田野は席を外す。部屋を出てエレベーターホールの先にある男子トイレに駈け込めば、豹獣人と出会った。 「うわっ!」  思わぬ登場に多田野は声を荒げて驚いてしまった。豹獣人は多田野の大声に驚き、毛を逆立たせている。そして、警戒をしているのか強く睨みつけられた。 「あ、えっと……今日からこちらでお世話になります。多田野良輝です。至らぬところもあるかと思いますが精一杯頑張りますのでよろしくお願い致します!」 「あんたが例の……いや、すまない忘れてくれ。僕は石冰豹賀(ひょうが)、多田野くんのことを頼まれている。これからよろしく頼む。それにしても……」  今度は多田野が値踏みをされるかのように見つめられる。全てを見透かされそうな視線に、多田野は生きた心地がしなかった。 「わっ!」  スンスン、と突然うなじ付近を嗅がれ多田野は冷や汗をかきながら耐えた。声を荒げることもできず、立ち去るのを待つ。  フン、と鼻を鳴らして少し離れたことで、安心して逃げるように離れようとすれば「待て」と声をかけられた。 「なんで、Ωがここにいる?」

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