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難癖ばかりの獣達 5

 多田野が席に戻れば豹賀に呼ばれた。豹賀から獣人課での仕事を引き継くためだ。豹賀から分厚いファイルが渡され、中を見るとインデックスシールで綺麗に分類されている。字は習字を習っていたのか達筆だった。 「これって石冰さんの字ですか?」  気になって多田野が聞いてみると、豹賀はバツの悪そうな顔をしながら「いや、前任者のものだ。僕の字は汚い」と答えた。  獣人の手は通常の人よりも大きく細かい動きができない。そのため、字が綺麗に書けない獣人が多く存在していた。 (あ、字に触れちゃいけないのか)  多田野は話を広げるのをやめて業務に集中する。綺麗にまとめ上げられていたマニュアルと豹賀の分かりやすい説明で、ちゃくちゃくと業務を進めていった。気づけば昼休みで、多田野は羽衣に誘われランチを食べに外へ出る。  羽衣は外に出た途端、色鮮やかな緑色の羽を大きく広げて背伸びをした。羽が閉じていたことで見えなかった黒いしま模様が現れ、羽衣の後ろをついていた多田野は昼間の日光が照らす羽の輝きに見惚れていた。 「あら、どうしたの多田野くん。あんな日が当たらないところにいたら羽がくすぶっちゃうわ。多田野くんも背伸びをしたら? 気持ちいいわよ」  振り向きざまに羽衣が言う。多田野も羽衣のマネをして背伸びをすれば、パキパキと骨が鳴った。無意識に肩へ集中していた緊張がスーっと抜けていく。 「本当だ……気持ちいい」 「でしょう? ストレスは敵だからねえ」  羽衣の案内でサラダ専門店へ入った。店内は兎獣人や羊獣人など草食系の獣人が多く来店しており、多田野は獣人の多さにびっくりして息を飲んだが、あちこちで女子高生が獣人達と写真を撮ってる姿を見て人がいたことに安心した。 (良かった……一人じゃなかった) 「ごめんなさいね、ここじゃないと食べれるものが少なくて」  席につきメニューを開けたところで羽衣が言った。メニューには『当店では一切、動物を使用しておりません』と強調するように書かれている。 「いえ、大丈夫です」 (サラダ専門店に来るなんて初めてだけど、獣人が多いのは当たり前だよな。ササミも置いてないし配慮されてる) 「多田野くん、何にするのか決まった? お昼休み短いし早くしないと混んできちゃう」  多田野は慌ててメニューをもう一度見るが、写真つきであるものの、チョップドサラダ、フルーツサラダ、自分でサラダやドレッシングをチョイスするなど、サラダ初心者の多田野には壁が高すぎた。 「あ、えっとはい、店長のオススメにします」 (サラダの葉っぱの種類まで書かれてもわからん! 葉っぱは葉っぱ! 食べれないものはないはずだし店長のオススメなら大丈夫だろう) 「あら、チャレンジャーね。歓迎するわ」 「え?」  なぜか羽衣は驚いたように言ったので、多田野は間違えた選択をしてしまったかもしれないと後悔した。 「すみませーん、店長のオススメとスープセットお願いします」 「はい、かしこまりました」  近くにいたボタン無しのシャツにラフなチノパンを穿いた鳩獣人の店員が注文を聞き、二、三歩進んだところでまた戻ってきた。 「注文はなんでしたっけ?」 「店長のオススメとスープセット。もう、仕方ないわね。これを持って行ってちょうだい」  羽衣はポケットに入れていた付箋に書いて渡す。鳩獣人は羽衣から渡された付箋を持って奥へと消えた。 「えっと、店長のオススメってやばいんですか……?」 「いえそんなことはないわよ、個性溢れてるってだけで。あ、そうそう多分、今週か再来週ぐらいに部長が歓迎会をやると思うから何が食べたい? って聞かれたら動物を避けてくれると嬉しいわ。どうも、私は食べる気になれなくてね……」 「あ、えっとはい、わかりました」 (今まで焼き肉が定番だったけど、これからは避けたほうがいいよな。ってか店長のオススメが何か気になる) 「お待たせいたしました、店長のオススメ、生サボテンのサラダでございます」  運ばれてきたのはボウルいっぱいに入ったアスパラガスの大きさに切られたサボテンらしき緑色の細長い物体。 「な、生サボテン?!」 「ええ、フレッシュなサボテンでございます」  目の前に置かれ試しにお箸で掴み上げると、糸を引くような粘り気がある。 (あ、イメージがアロエだったけどサクッと噛めるし、オクラのぬめりに似てる……)  サボテン自体の味が気になり試しにそのまま食べてみると酸っぱかった。 (酸っぱ……) 「ね、独特な味でしょ?」  羽衣はスープを飲みながら笑った。その後、たわいもない話をし会社に戻る。昼休みが終わる前にトイレに行こうとしたところで、身体の異変に気づいた。 「あ、あれ……嘘でしょ……発情期はまだ先じゃ……」  多田野の身体が熱を発し、αを求める。ポケットに忍ばせていた注射型の発情期抑制剤である特効薬を打ち込もうとしたが、手が震えて出来なかった。 「は、早くしないと見つかる前に……あっ!」  焦って身体に刺そうとして特効薬を落とし針が折れてしまった。 「どうしよう……あ、ロッカーに予備が……」  トイレから飛び出て走る先に豹賀がいた。 「あっ……」 「多田野くん、なんだこの匂いは……」  人一倍鼻が敏感な豹賀がすぐに気づいて離れようとしたが、多田野を抱えて使う予定がない会議室へと連れ込んだ。

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