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難癖ばかりの獣達 11

 戸影部長は会議だからといなくなり、残されたのは熊谷と多田野と八木。戸影部長がいなくなっても三人で話すこともなく、黙々と与えられた仕事を進めていた。そんな中、一本の電話が鳴る。  多田野は若手のため取ろうとするが、八木の方が早かった。早押しのように秒で受話器を取りあげる。 (はっや……やっぱ獣人だから耳が人より敏感なのか……)  一言二言話し、八木は電話を切った。多田野はめったに鳴らない電話の内容が気になって誰からの電話だったか八木に尋ねる。 「なんで、そんなことを言わなくちゃいけないんですか?」 「え?」  聞いただけなのに、どうしてその言葉を返されるのか分からない。予想外の答えに動揺し言葉を濁した。 「だ、誰からだったんかなーって……」  その場の空気をこれ以上壊さないように笑いながら言えばため息をつかれる。 「別に言わなくてもいいじゃないですか」 (えっ……急に冷たいっていうか、突き放されてる?!)  人懐っこい多田野でも八木に対して言葉を返せなくなり無言になる。その無言を打ち破ったのは大きな図体の気配を消していた、熊谷だった。  熊谷はデスクの脇に置いてた蜂蜜入りのステンレス水筒を肘で落とす。デスクから落ちた水筒はゴミ箱の中に入り、ガラガラと大きな音を立てながら暴れ回った。 (それはフォローのつもりですか? 熊谷さんっ!!)  獣人は音に敏感なため八木はビクリと身体を震わせ黙り込んだ。音の元凶を作った熊谷は耳を手で塞いで自衛している。 「……」  その後、熊谷は話すことなく仕事を続けた。ますます不穏な空気になり重苦しい。早く豹賀や亀内、戸影部長が帰ってきてくれないか願う。  すると、熊谷が分厚い伝票の束を揃え始めた。トン、トン、トン……何かを建築するかのように伝票を揃える。トン、トン、トン、バサササッ……伝票を揃える強い振動でデスク脇に積み上げられた書類の束が豪快に崩れた。 「あららら」  床に落ちた伝票を拾いに行く多田野。熊谷の側に行けば小さな声で何かを耳打ちしてくれると期待したが、「すまんな」と言うだけで八木と多田野に対しては何も言わない。 (え? え?? なんなのこの状況……僕ってどうしたらいい??)  八木は上司である熊谷に怒ることなく仕事をしている。一人この状況に置いていかれた多田野は仕事に集中しきれず、モヤモヤしていた。  そんな状況と知らず豹賀と亀内が帰社する。帰り道でも雨に降られたのか、豹賀は濡れた毛並みをタオルで拭いていた。すると、スーツに白いタオルの毛がつき、細かい毛が気になるのか引き出しからスーツブラシを取り出し綺麗に取っていく。 「あーもうこれだから雨は嫌なんだ」  サッサっとスーツの毛繕いをし、ウォーターサーバーに水を取りに行った豹賀。ここまでで十分以上は経過していた。  毛繕いが終わった豹賀に呼ばれ、多田野が豹賀の元に行けば、豹賀のノートパソコンにはナンバーロックキーに黄色い付箋が貼り付けられていた。そして、ボタンの隙間には小さく折りたたんだ付箋が挟まっている。 「どうしてそこだけ黄色いんですか?」  多田野は一度見たら気になる性格で聞いてしまう。豹賀はそれがどうしたと言う風に淡々と答えた。 「間違えて押したらイライラするから」 「なるほど」 (石冰さんって図体は大きいけれど、やっぱり神経質なんだ。何か可愛い)  八木の一件のことを忘れるぐらい豹賀の可愛い行動に目を惹かれた。その後も豹賀から仕事を引き継いでいれば、あっという間に退社時間になる。  終業のチャイムが鳴って帰ろうと多田野は更衣室に鞄を取りに行った。エレベーターのボタンを押し、来るのを待っていると、トイレから豹賀が出てくる。 「お疲れ様です」 「お疲れ様、多田野くん」  エレベーターの密室で豹牙と二人きりとなり、こんな状況に限って多田野は豹賀とセックスしてしまったことを思い出す。妙に恥ずかしくなって少しでも離れようと壁に寄り添えば、反対に豹賀が近づいてきた。 「なぜ、そんな距離を取る?」 「あ、いやぁ……特に意味はないです」 「ん? 顔が赤いが……熱か?」 「ち、違います! これは……」 「これは?」  言い訳を考えている内にエレベーターは一階についた。多田野は人目がある状況でセックスしたことを思い出しました。なんて言えるはずもない。 「なんでもありません……」 「どっちなんだ、八木と同じで変わったやつだな」 「あ、そういえば今日、八木さんとこういうことがあって……」  話題をそらすように電話の件を伝えれば、豹賀は「あー」と力無く言った。 「八木はバイトしたことないから人付き合いが下手くそなんだよ。僕、獣人嫌いだしあんまり関わりたくないから勘弁してやって。あいつにキツく言うと無断欠勤するし」 「む、無断欠勤ですか……」  逆にこっちが反応に困るほど、八木の行動に手を焼いていることが分かったので多田野は安心した。 (八木さんに嫌われているんじゃないんだ。あれが彼の普通なんだ)  その後、最寄りの地下鉄の駅まで一緒だったため改札を通り、行き先も途中で一緒だったので同じ列車に乗る。多田野が降りる駅のアナウンスが流れ、挨拶をして豹賀と別れた。八木との件を話したことにより、気持ちが楽になって偶然でも豹賀と一緒に帰れて良かったと帰宅する。  だが帰る時間が同じになる偶然は、その後も続いた。 (豹賀さんって獣人だし、俺よりも耳はかなりいいよな。もしかして俺のこと待ち伏せしたりとか……?)  多田野がそう思ってしまうほど、帰るタイミングが同じなのだ。飲みに行こうと誘われることもなくただ一緒に地下鉄に乗って乗り換えの駅まで少し話す。そんな日々が続いた。

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