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難癖ばかりの獣達 12

 次の日、朝からシュレッダーの扉を開閉する音がうるさかった。誰かがシュレッダーに紙を入れて重量センサーで動かなくさせては、扉を開けてセンサーが反応しない位置まで紙切れをかき集める。誰一人溜まったゴミを捨てに行こうとせず、誰かが扉を開閉させるたびに皆、耳をピクピクと動かし毛を逆立たせていた。  だが、何回も勢いよく扉を開閉させるものだから音に対してのストレスが少しずつ溜まってくる。獣人達よりも多田野が持つ良心の方が耐えかねてシュレッダーのゴミを捨てようと、後ろにある棚からシュレッダー専用のゴミ袋を取り出し、溜まった紙切れを捨てに行くことにした。  シュレッダーのゴミをゴミ捨て場兼倉庫の地下に持って行こうとすれば、豹賀がエレベーター前に立って多田野のことを待っていた。 「重たいだろ? 持とうか」 「いえ、大丈夫です」  これぐらい自分で持てると思ったので断った。だが、豹賀は地下に用があるらしく一緒についてくる。 「八木くんが倉庫に資料が置けませんって言うんだよ。置けません、じゃなくて自分で判断して置けよって話なんだけど。なんで僕が見に行かなあかんねん。シュレッダーも同じ。昨日一番使っていたのに、多田野くんがしているのを見て見ぬ振りをする。ほんと幸せよな、あんな風に僕も図々しくなれたら八木くんみたいに太れるかな」  ブツブツと文句を言うように呟かれ、多田野は苦笑いをするしかなかった。八木の身体はまんまると太っていて逆に豹賀はスラリと細い。真反対な二人だったからだ。 「あーだんだん八木くんのことが分かってきました。石冰さん優しいですね」  多田野が豹賀を褒めると、豹賀は照れ臭そうにポリポリと頭の後ろをかく。普段、職場では見せないその仕草が可愛かった。  エレベーターが地下に降りてフロアに一歩踏み出せば、自動で電気がついた。地下倉庫に入る手前には鍵がかかった扉があり、多田野はゴミ袋を下ろして、事前に総務課から借りた鍵を使って扉を開ける。  多田野が開けた扉を豹賀は押さえて「通りな」と言った。 「ありがとうございます」  お礼を言って中に入るとまた鍵がかかった扉がある。そこは建物の構造上、外と繋がっており、背後には地上へと繋がる螺旋階段があった。背後から吹き込むのは冷たい風。 (さっむ……凍え死ぬ前にさっさと扉を開けて中に入ろう)  多田野はかじかんだ手で鍵穴に鍵を差し込もうとした時、豹賀に力強く二の腕を掴まれる。 「え?」  突然のことに緊張感が走り豹賀を見れば、豹賀の目線は上を向いていた。その目線の先に目を向ける前に、その場から離れるように強く引っ張られる。引き摺られるように移動し、何事かと豹賀に聞こうとすれば天井を指差して叫んだ。 「蜘蛛がいる!」 「あ、え?」  天井を見ると、そこには五センチほどの手足が長い蜘蛛がいた。慌てて二人はその場から離れ、扉の向こう側に逃げる。  扉を閉めて、改めて蜘蛛をみればかなり大きかった。 「え、なにあれデカくないですか」 「あーもう、マジ無理。蜘蛛だけはマジ無理」  豹賀はクルクルと円を書くように回り出し、尻尾はそわそわと忙しなく落ち着かない。 「意外です。前にカブトムシの世話してるって言ってたから虫全般平気だと思ってました」  いつかの帰り道でカブトムシの世話をしていることを思い出して言えば、豹賀はブンブンと激しく首を振った。 「足がこうゴチャゴチャってしてるのが無理なんだよ。なんだよ、あの足の数……二本だったら許せるのに」  両手の平を上に向けて爪を立て、わなわなと震えた。よっぽど嫌いらしい。 「いや、足が二本だけの蜘蛛って不気味すぎですよ。バランスが悪すぎますし」  多田野は頭の中で二本足の蜘蛛を想像してやめた。気持ち悪い。 「いやでもよく気づきましたね、石冰さん。僕、全然気づかなかった」 「ここは虫が住んでるからね、チェックしてからじゃないと入りたくない。後から気づくだなんてごめんだね」  他にも虫がいないか探すようにキョロキョロする豹賀。このままじゃ埒が明かないと多田野がゴミ袋を持って扉の前に立った時、豹賀が引き留めた。 「僕がパッと行ってくる。ゴミ袋貸して」  言葉じゃ平気そうに見えるが、顔は強張っていた。そんな豹賀に任せるわけにはいかない。 「いや、僕平気ですし行ってきますよ」 「人間はか弱いだろ、僕が行く」  豹賀は引き下がることなく、多田野からゴミ袋を奪い去った。そこまでする豹賀を引き留める理由はないので任せることにする。 「豹賀さんがいいならいいですけど……」  豹賀の後ろ姿は全体的に毛が膨らんでいた。感情がより分かる尻尾に限っては、毛を逆立てボワっと太くなっている。蜘蛛に対してかなり強気の状態で、かなり警戒していた。 「多田野くん、鍵は開けてたよね?」  恐る恐る、扉に近寄ったところで蜘蛛を直視しつつ尋ねてくる。ドアノブの上にある鍵穴には鍵が刺さったままだった。 「多分……」  急に腕を掴まれた記憶が強くて、それ以前の記憶が全く思い出せない。はっきり言ってうろ覚えだった。  だが、運良くその答えは合っていて豹賀は振動を立てないようにドアノブを回し、素早く中に入った。

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