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難癖ばかりの獣達 15
エレベーターの扉から出てきたのは熊谷。エレベーター前で顔を見合わせた三人はしばらく固まり、豹賀は慌てて多田野から離れた。
「く、熊谷さん! どどどうしたんですか?」
多田野は豹賀と抱き付いているところを見られて動揺している。豹賀はそっぽを向いていた。熊谷は二人を見比べ首を傾げた。
「営業所にクリアファイルが無くなったから取りにきたんだけど、なにお前らそういう仲だったの?」
「ち、違いますよー。豹賀さんの尻尾に蜘蛛が落ちてきたから取ってあげてたんです」
足下を歩く蜘蛛。いつの間にか豹賀の尻尾から下りていた。豹賀は蜘蛛と一メートル以上離れた一定の距離をキープしながら移動する。
熊谷は床を歩く蜘蛛をつまみ上げ、乗ってきたエレベーターに戻った。扉が閉まる直前に豹賀は「絶対に手を離さないでくださいよ!」と叫ぶ。
扉がしまり多田野の心臓はドクドクとうるさかった。妙に汗が噴き出てハンカチで垂れてきた汗を拭う。その場のノリで楽しんでしまったが、客観的に考えてみて豹賀と抱き付く行為はおかしい。
「びっくりしましたね、豹賀さん。まさか熊谷さんが来るとは思いませんでした」
動揺する心を落ち着かせるために豹賀に話しかけた。豹賀は小さくため息をつく。
「多田野が早く取らないからだろ……でも良かった羽衣さんだったら終わってた……」
羽衣はおしゃべりだから多田野と豹賀が地下で抱き合っていた……なんて広められれば周りからかなり誤解されそうだ。
「そうですね、羽衣さんだったら一瞬で変な噂が広まりますもん。僕、あんまり目立ちたくないんで」
「いや、獣人課にいる時点で十分目立ってるだろ」
「え、やっぱそうですよね……Ωだしんっぐ……」
多田野は口を豹賀に塞がれた。もふもふした毛が口の中に入ってくる。
「気が緩みすぎじゃないのか? 僕等は耳がいいんだから気をつけないと」
「あっ……すみません」
熊谷が蜘蛛を逃がし多田野達がいる地下へ帰ってくる前に豹賀の手は外され、戻ってきたエレベーターから熊谷が降りる。豹賀と多田野は入れ替わるようにエレベーターに乗りこんだ。
「熊谷さん、鍵です」
「おっ、ありがと」
熊谷に豹賀は持っていた地下の鍵を熊谷に渡し、エレベーターの扉は閉まった。
獣人課がある四階につき、豹賀はすぐさまトイレへと駆け込んだ。勢いよく蛇口の水がでる音が聞こえてくる。バシャバシャと手を洗い、尻尾も洗う。ビチョビチョになった尻尾をハンカチで拭いていた。
それでもハンカチで拭くには限度がある。ドライヤーなんてものは職場には無くて、終業時間の六時まで濡れたまま過ごさなくてはならない。
「ああ、早く家に帰って風呂に入りたい」
「お風呂に入って濡れるのは平気なんですね」
「汚いよりかはマシだからね」
また、豹賀のスーツは手と尻尾を洗った勢いで水が跳ね、太腿の辺りは濡れている。スーツについた雫を払うようにティッシュで水滴を払っていた。
帰ってきた熊谷の手に握られていたのは厚さ十五センチ以上のクリアファイルの束。それを営業所から来る人へ渡すためにピッタリ収まる紙袋に入れていた。
(そんなに溜め込む前に営業所に返せばいいのに)
獣人課全員の目線が集中しても熊谷は気にせず、仕事は終わったと言わんばかりに、たっぷり入った蜂蜜入りの水筒を飲んでいる。もうすぐ、お昼休みだ。お昼休みになっても熊谷はクリアファイルの整理をしていた。
伝票の束を揃えるように、トン、トンと何回も激しく机にぶつけている。
(また、何かが崩れそうだ……)
その予想は的中し、積み上げられた書類の上にある卓上カレンダーが隣のデスクに落ちる。目の前に座る豹賀の顔を見れば怒っていた。
目の前にあるパソコンのウインドウ画面を見れば社内SNSのアイコンが光っている。豹賀から新着メッセージが来ていた。
『ご飯に埃が入る』
それとスタンプ。顔を赤くして、めちゃくちゃ怒っているスタンプ。
チラリ、と豹賀を見れば熊谷の方を軽く睨みながらインスタントの焼きそばを啜っている。インスタント特有の美味しそうな匂いは強烈だった。
(どっちもどっちだな……)
多田野は自分で作ったお弁当を食べながら『そうですね』と苦笑いするスタンプを返した。
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