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難癖ばかりの獣達 21

 なんとか松坂に信じてもらえて誤解は解けた。だが、それは一人に過ぎない。どこまで羽衣の噂が広まったのかは分からないが、噂には必ずと言ってもいいほど嫌な尾ひれがつく。そのことは身を持って経験していた。  Ωは変態、妊娠できる、もう数え切れないくらいの鋭い刃物のような言葉。それはいくつも重なると聞き流せないほど心に刺さる。学生時代を思い出すだけで涙が溢れてきた。このままデスクにいると涙がこぼれそうで多田野は泣いている顔を見せないように俯きながら席を外す。  獣人課に背を向けた瞬間、目から涙がこぼれ落ちる。一つ、涙がこぼれ落ちれば止まらない。やっと見つけた居場所がなくなる。実感した途端、急に孤独に感じた。 (獣人達も僕がΩだという噂のことを知っているのだろうか? Ωだと分かった瞬間、人と同じように差別される?)  多田野の心は不安でいっぱいだった。初めて職場で獣人と出会ったため、獣人達がどういう行動を取るのか分からない。それに、多田野がΩだという噂も流したのが羽衣だとすれば、さっきまで一緒に普通に話していたことすら怖く感じた。  次第に誰も信じることはできなくて疑心暗鬼に陥る。 「何かあったのか?」  後ろから音も無く豹賀が忍び寄る。多田野は涙を見せるわけにはいかなくて振り返らなかった。もう、ここにはいられないかもしれない。αとΩが同じ部署にいると分かれば、獣人課から異動させられるのは明白だ。初日で発情期になった日のように、多田野は発情し豹賀はヒートになり二人は狂う。  危険な関係になる二人を会社は同じ職場に置かない。そして、間違いなく追い出されるのは多田野だ。 「松坂にΩだろって言われた。それと、石冰さんと抱き合ってたって……嘘だって言ったけど僕の言うことなんて信じてもらえない。すみません、迷惑をかけたくなくても僕の存在自体が迷惑をかけてしまう」  獣人課から別の部署への異動は最初の頃だったら獣人達から離れられると喜んでいたかもしれない。  だけど、今は違う。離れたくない。朝早く眠そうにブラックコーヒーを取りにいく豹賀、文句を言いながらも多田野を手伝う豹賀、仕事は完璧にこなすのに蜘蛛が怖い豹賀―― (こんなにも頭の中は石冰さんでいっぱいだ) 「松坂って多田野くんの同期の? Ωと隠していたっていつかはバレる。それが今日だっただけだ。抱き合っていたのは僕から誤解だと言えばいいし、迷惑をかけられたことなんて一度もない」 「僕、辞めます。石冰さんには分からないかもしれないけど、Ωってバレるだけで皆面白いぐらいに手のひらを返すんですよ。獣人は別かもしれないですけど、人間って残酷なんです」 「辞めてどうするんだ? 他に頼る相手はいるのか?」 「そんな人いませんよ、Ωだとバレないように人を疑って生きてきましたから」 「なら、僕と番にならないか?」 「え?」  後ろから多田野に語りかけていた豹賀が優しく抱き付いた。回された腕は頼もしく、ドキドキと心臓が激しく動き、聴覚が良い豹賀に聞こえやしないか不安になる。 「……次の発情期は三ヶ月後ですよ、猫みたいに気分が変わりませんか?」 「そこまで気まぐれじゃない」  多田野は返事の代わりに豹賀にキスをした。偶然、通りかかった松坂に見られたが新しく居場所ができた多田野にとってもう人の目は怖くなかった。  

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