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2.僕の従兄は茶髪で一重のフツメンリーマン(はぁと)①
親父の弟、俺の叔父が事故で亡くなった。それも、不幸なことに叔父の奥さんはこちらも、子供が小さい頃に病気で亡くなっており、つまり俺の従弟の中学生の一人っ子だけが、その家族の中で取り残された。そうして叔父の葬式の際、様々な言い訳言い分を述べて俺の従弟の皐月くんを押し付けあおうとする親戚等に、男気溢れるベテラン営業マンの父が『皐月くんは家で引き取る!!』宣言をしたために、パッと見ただけでも華奢な麗しの美少年である皐月くん(中学二年生)は、只今俺の実家、東京都郊外にある一軒家に、家族の一員として暮らしている。まあそれだけなら良くある話だ。いや、良くあるかどうかは解からないけれども……とにかく実の所久しぶりに見て天使のようだと思った麗しの皐月くんは、地毛の茶髪、一重瞼のフツメンリーマン(社会人一年生)である俺をロックオンして、俺を狼的な意味で性的に狙う、アクマで鬼畜な中学生であったのだった。
「じゃじゃん。柳さんのお部屋チェックー」
と独り言を言って、今は会社で必死になって仕事に追われている俺の部屋に侵入しているのは、俺の従弟の皐月くん。モデルのような小顔に乗った、人形のように整った麗しのお顔。一切手を加えていない烏の濡れ羽色の艶々ショートヘアを揺らして私服でいると、従妹とも見まがうような美しさの少年だ。その少年が、悪戯に俺の留守の間に、俺の部屋に侵入していた、らしい。らしいというのは俺がこの事実を後で知るからなのだが。
「柳さんの普段のオカズは何かなぁ……好きな女の写真でも持ってたりして」
幼い頃に母親を亡くし、仕事詰めの父親と二人暮らしで一人の時間が多かった皐月くんは、結構独り言が多い。学校では寡黙な美少年で通っているらしいが、家族の前では大人しいが、意外にも早くに気を許した従兄の俺の前ではまぁまぁお喋りでもある。良いことだ。それは良いことなんだが、人の私室に勝手に侵入するのは良くないことだ。皐月くんは俺の部屋の、学生の頃からずっと使っている学習机の引き出しをロックオンした、らしい。上機嫌に鼻歌を歌いながら、俺に無断でそこを開くとそこにあったのは……。
「……これ、」
皐月くんが驚くのも無理はない、それは彼の幼い頃の記憶にある、彼の愛する、
「これ、母さんの写真?」
そうなのだ。俺は俺の部屋の引きだしに、疚しいことに初恋の人である皐月くんの母親の、スナップ写真を入れてあったのだ。この俺の、いじらしくも疚しい行為が今回の諸悪の根源であった。
***
一方二時間後のこちらは都内某所、仕事終りの居酒屋である。俺は大学時代のゼミ仲間の『鏑木 大輔(かぶらぎ だいすけ)』と二人並んで居酒屋のカウンターで、格好付かないことに大学生の女子みたいにカシスオレンジをその喉にかっ込んだ。『ぷはっ』とビールでも一気飲みしたみたいに息を吐く俺を、大学時代女子にモテにモテた黒髪正統派イケメンサラリーマンの大輔が、ビール片手にクスッと笑って眺めてくる。大輔は、短めの黒髪を、前髪は横に流して後ろは少しだけ刈り上げて、整髪料で整えてある。高そうなスーツもビシッとアイロン掛けしてあり、二十代前半の独身サラリーマンとは思えないほど清潔感があり、キッチリしている。
「東雲(しののめ)、お前もそろそろビールくらい飲めるようになれよ」
「飲んでるよぉ、会社の飲み会ではね! でもさ、やっぱり甘くないと、俺にはアルコールってのは摂り辛いんだって!!」
「カシスオレンジとか、女子かよ」
「自覚はあるってば! 大輔は良いよなぁ、大学生の時から酒には強いしビール飲み放題だし……それにそのなり、モテるのもわかるっつうの」
「『そのなり』ってどんなだよ。てか、酒に強いのはモテるかどうかに関係なくねえ?」
「モテる、を否定しない辺りが嫌味だぞ、大輔ぇ! うぅ、俺だって……俺なんか、俺なんか、」
酔っているから涙もろくて、おれはズビズビと鼻を啜って、隣りに座った大輔の肩に額をぐりぐり擦りつける。そうすると大輔の、香水の匂いがほんのり香る。大人の身だしなみって奴だ。『うぅう』と呻いて今度は大輔の肩にコテンと頭を乗せる。そんな俺の甘えた仕草にも、大輔は全てを受け入れる姿勢で『ハハハ』と笑って見せるから余計に悔しい。俺なんか、好きな女子には振られた(高校時代に一回だけだけれど)ばかりか、逆に男にモテる上、今は実家に暮らしている華奢な麗しの美少年の、性的な意味でのオモチャにされている始末なのだ。先日なんかは通勤路の電車内で、ガチセックスまでしてしまった。幸い同じ会社の者や、知り合いには見られていないみたいだったが、従弟の皐月くんに見せられたのは、SNSに拡散した、俺と皐月くんのモザイク入り接続済み下半身の画像であった。顔が映っていなくて本当に助かった。顔なんか映っていたら、俺は社会的にも精神的にも死んでいた。なにせ普通のサラリーマンが、間抜けにネコちゃんとして中学生と電車でセックスしている画像なのだ。大輔にも、家が逆方向と言うこともあり、SNSに(大輔が)疎いこともあり、全然知られていない。拡散画像を思いだしては身震いして、姿勢を正して再びカシスオレンジをかっこむ。
「うぁあ、酒が上手いぃ、大輔ぇ!」
「ハハ、ホントかよ」
「てかな、最近の中学生ってのは、マセ過ぎだと思うのな、俺は」
「は? 急になんだ」
「俺の従弟の話だよー!」
「ああ、お前ん家に転がり込んできたっていう、美少年の話か。彼女でも連れ込んだか?」
「違う! 違うけどー……うう、てか何も言えねー!!」
「そう言わず、何でも相談しろよ。俺とお前の仲だろ」
「だいすけ……」
冴えない一重でうるうると、隣りのキッチリしたイケメンを見つめる。もしも俺と大輔の立場が逆だったら、大輔は絶対に、皐月くんのオモチャになんかならなかっただろう(皐月くんの男の好みは知らないが、たぶん)。大輔は優しげに俺の茶髪をポンポン撫でて、それでもじっと見つめるのを止めない俺に、気まずそうにひとつ目を逸らし、カウンター越しの調理場を眺めてビールを飲み始めた。
「お前な、誰でも彼でもそうやって見つめるの、良くないぞ」
「へ、なんで?」
「なんでって……それよりお前の従弟の話だろ。お前のこと困らせてるのか、どう言う風にだ?」
「どっ、どうって……何ていうか、とにかくマセてて、可愛いっていえば可愛いんだけど、生意気でな、」
「まあ、思春期には良くある話だな」
「『良くある話』で済めば苦労しないんだけどね、」
「ん?」
「なんでもっ。てか、あ! もう八時半、俺帰らなきゃ……ふぁっ!?」
やっぱり大学生の女子みたいに、カシスオレンジを四杯飲んだだけの俺は、立ち上がっては足をもつらせる。そんな俺に、大輔も帰り支度をして立ち上がって、大輔が俺の腕を自身の肩に回して支えてくれる。ああ、本当に情けないな。思っては溜息をつき、腕を外そうとする。
「大丈夫だって、大輔」
「そんな酔っ払って甘えたになった状態の東雲のこと、放っておけねえし。送ってってやる」
「甘えた?」
「学生時代、酔っ払ったお前が知らない親父にお持ち帰りされかけたこと、俺が忘れるとでも思ったか?」
「う゛っ!? あ、あれはたまたま変質者が、珍しく偶然に俺の前に居合わせただけで!!」
「俺が居なけりゃお前の処女は、今頃見事に散ってただろうナァ?」
「っっ……!!」
それは、ご心配に預からずとも、社会人になってから麗しの従弟によって、見事に散っているのだが。とにかく意味深な大輔の台詞に言葉を失っている内、大輔は俺を一旦壁に寄りかけて会計を済ませる。『あっ、割り勘……』と言いかけた俺の頭を撫でてからまた支えては、『次飲む時、お前の奢りな?』と悪戯っぽく笑って言う。そうは言っても絶対に俺には奢らせないのだろう。だからモテるんだ、こいつ。思って少し、不満げにじと目になってしまった。
***
俺の自宅方向に向かう電車の中では、幸いなことに二人ともベンチシートに座ることが出来た。そこでも俺は大輔の肩に寄りかかって、会社の愚痴や従弟の愚痴をぐだぐだ垂れ流し、大輔はそんな俺を尻目に『はいはい』と適当に流しながらもスマホのニュースサイトをチェックしているようであった。別に俺だって、最初から酔っ払いの絡みに相手をしてもらおうと思っていない。ただ言葉にしたいだけなのだ。言葉に出来ない悩みも沢山ありすぎるけれど、とにかく電車を降りて大輔と二人、徒歩十分の俺の自宅に着くまでずっと、俺は一人でぐだぐだお喋りを続けていた。
「ほら、着いたぞ東雲」
「うー、きっと皐月くんが待ち構えてる! 俺、怒られるよ!?」
「まだ九時だろ……てかお前、中学生のガキに怒られる心配してるのか?」
「怒られるだけならまだいいけど……とにかく大輔、ちょっと一緒に玄関入って?」
「こんな夜に友達が実家に顔出したら、迷惑だろ」
「俺的には大歓迎だから! 良いからほら、あ、鍵は開いてるね!!」
そこまで言って、『飲みに行く時には必ず連絡』と皐月くんから言いつけられている俺は、うっかり連絡し忘れた今日に震えてそろーりそろりと玄関ドアを開けた。その横には呆れ顔の大輔。
「ただいまー……げっ」
「おかえりなさい、柳さん」
皐月くんである。玄関を上がったところに私服で体育座りをしてスマートフォンを弄っていたのを、それを懐にしまっては立ち上がり、いい笑顔で、麗しのお顔で俺に微笑みかけてくる。大丈夫だ、機嫌はまだ損ねて居ない様子……と思ったのも束の間。『げっ』と言った俺に一緒になって中を覗きこんだイケメンサラリーマンの大輔を見ると、一気に皐月くんの顔が曇る。俺には見える。ぶわっと禍々しいオーラを放って笑顔のままだが威嚇するように皐月くんは、その姿勢をピンとさせた。
「こんな夜分に、どちら様ですか」
「あっ、あっ、あのっ、皐月くんちがくて! 大輔は俺の友達で、ちょっと俺の足元が覚束なかったから、支えて送ってもらっただけで!!」
そういう俺は見事に墓穴を掘っている。かっこわらい(笑えない)。大輔は当時の俺と同じように、皐月くんの美しさに一瞬ハッと驚いたようで、しかしそこは一端の大人である。すぐに子供にするようにニコリと微笑みかけて、しかし不味いことに俺の頭をぐしゃぐしゃと撫でてきた。
「なんだ、お前の従弟、お前の帰りを待って玄関に張り付いたりして、可愛い中学生じゃないか東雲」
「ちょっとアンタ、柳さんに紹介させて、自分は名乗らないつもり?」
「ああ、悪いな。俺は『鏑木 大輔』。東雲の、大学時代のゼミ仲間だ」
「ふぅん、大学時代の……ね。ほら柳さん、しっかりして、こっち座りなよ」
「うぅ、ハイ」
大輔の手から華奢な皐月くんの手に俺の身体は渡って、それからすぐに玄関に座らされる。すると皐月くんはまたニッコリと不自然に笑いかけてきて、それから家族兼用のつっかけを履いて大輔の背中を押して、『丁重に、送り出してくるから』と言って大輔とともに玄関の外に出て行ってしまった。それには俺もキョトンとする。やっぱり皐月くん、怒ってない? 連絡し忘れたこと、気にしていないのかな……思う一方。俺の知らない玄関外の秋空の下の会話。
「アンタ、友達だかなんだか知らないけど、実家にまで押しかけてきて迷惑だと思わないの?」
「へえ、面白い言い草するなぁお前。俺はお前を恐がってる東雲に頼まれて、ここまで付いて来たんだけど」
「柳さんと一緒に飲んで、ここまでベッタリ『支えて』きて、さぞかし楽しかったでしょうね」
「ああ、そりゃあ、東雲と飲むのは楽しいよ。世話を焼くのも俺の楽しみの一つでな、」
「どう言う風に『世話を焼いて』るのかはしりませんけど……鏑木さん?」
不意にぐいっと、背の高い大輔のネクタイを引っ張って、その耳元で皐月くんが囁いた。
「柳さんは『俺の』だから、手ぇ出したりしたらぶっ潰すぞ」
「……は?」
「おやすみなさい、鏑木さん。またどこかでお会いしましょう」
こんな台詞があの温厚な大輔を焚き付けることになるとは、玄関の中でぼうっと倒れ込んでいる俺には知りようもないことである。
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