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4.俺の友達は真面目で優しいイケメンリーマン①

 親父の弟、俺の叔父が事故で亡くなった。それも、不幸なことに叔父の奥さんはこちらも、子供が小さい頃に病気で亡くなっており、つまり俺の従弟の中学生の一人っ子だけが、その家族の中で取り残された。そうして叔父の葬式の際、様々な言い訳言い分を述べて俺の従弟の皐月くんを押し付けあおうとする親戚等に、男気溢れるベテラン営業マンの父が『皐月くんは家で引き取る!!』宣言をしたために、パッと見ただけでも華奢な麗しの美少年である皐月くん(中学二年生)は、只今俺の実家、東京都郊外にある一軒家に、家族の一員として暮らしている。まあそれだけなら良くある話だ。いや、良くあるかどうかは解からないけれども……とにかく実の所久しぶりに見て天使のようだと思った麗しの皐月くんは、地毛の茶髪、一重瞼のフツメンリーマン(社会人一年生)である俺をロックオンして、俺を狼的な意味で性的に狙う、アクマで鬼畜な中学生であったのだった。  と、それはそれで今回はともかく、とにかくともかくなのだ。  東京の秋に大嵐が来た。都のオフィス街にある俺『東雲 柳(二十三)』の会社は、大きなビルの三フロアを借りて営んでいる中小企業だ。俺はしがないそこの事務員で、女の子みたいに皆にお茶をいれたり、コピーを取ったりの雑用もこなす平社員。その日も窓の外の風を不安に思いながら、夕方ごろまで普通に通常業務をこなしていた。 「部長ー、外やばいですよ! 台風が来てるんですって」  営業係の社員が、何かと俺にセクハラしてくる今年三十二才になる独身部長(ゲイ疑惑がある)にそう言い付けて窓の外を見て、騒ぎたてては業務停止を促している。部長は『うーん』と唸ってはスマートフォンを取り出して、お天気ニュースや交通状況を眺めている様子である。新しいお茶を淹れて部長の席にそれを置いた俺の手に、スマホを眺めているから油断していると思っていたのに、ふっと大きな手の平を重ねては『東雲くん、ありがとう』と微笑みかけてくるから引きつった笑みを返す。手をすり抜いて、後ろを向いて労わるように自身の手をさすっている内、午後五時になってやっと、部長はその判断を下した。 「……そうだな、皆が帰れなくなっても困るし、今日は撤収!!」 「えっ」  ラッキーだ。ちょうど今日の仕事も片付いていた俺は内心ガッツポーズである。給料を引かれず合法的に、早引け出来るなんて幸運以外の何者でもない。台風ありがとう。ブラボー台風。今日ははやくに家に帰って、ゆっくりお風呂にでも入って、ゆっくり自室でDVDでも見よう……とまで考えて思い直す。はやくに帰った俺を、麗しの従弟の皐月くんが放っておくわけがない。彼は俺が仕事に疲れていようがなんだろうが、中学生特有の旺盛な性欲を、いつだって(彼がタチ的な意味で)ぶつけてくるのだから。小さく溜息を吐いて、それでも仲の良い女子社員と目が合って、早引けの喜びににっこりと笑いあって、俺はその日、会社を後にした。  しかし。 「電車、止まってる……」  部長の判断は、いかにも遅すぎたらしい。最寄の駅で数分間風に煽られたぼさぼさの茶髪で立ちつくす。駅はオフィス街、同じく早引けしてきたサラリーマンやOLで溢れ返っている。そんな折、俺の友人で近隣の大手企業に勤める、大学時代のゼミ仲間の正統派イケメンサラリーマン『鏑木 大輔』からラインが入った。 大輔『電車、止まったって本当か?』  ああ今その事実に立ち尽くしているところだよ。思って先日、大輔に無理矢理ついてきてもらった皐月くんの中学校の文化祭での出来事を思いだす。『それでも俺は、諦めねぇから!』帰りの駅で大輔はそう言っていた。一体本当に、なにが『それでも』なのか。何を『諦めない』のか。俺には今でもサッパリだが、しかしあの日のトイレの個室での皐月くんとのセックスに、きっと壁の外の大輔は気付いていた。俺みたいな冴えないモヤシ男があの麗しの中学生に抱かれているだなんて、知った上でもなんてこと無いように連絡を取ってくれる大輔に感謝の念を抱きながら、ラインに返信する。 『本当だよ、止まってる。今日は帰れないかも』  と、いったところで肩を叩かれる。振り返るとにこやかな、整髪料で前髪を後ろに固めたうちの会社の部長が『やぁ』と爽やかに手を上げて俺を見下ろしていた(部長は背が高いのだ)。 「部長、お疲れ様です」 「うん、お疲れさま。電車、止まっちゃったみたいだな」 「はい、今それで友人と……」 「これじゃあ今日は帰れないよな」 「あ、そうですね、まあ、」  部長がぺらぺらといろんなことを喋っているのに、俺は大輔からのラインが気になって仕様がなくてあまり集中できていなかった。チラッと見えたのが『じゃあ東雲も、泊ってくなら俺も一緒に』ほにゃらら、である。ポップアップが途中で途切れて最後までメッセージが確認出来ないうちに、がしっと部長に肩を抱かれて、『へっ』と声を裏返してキョトンとしている間抜けな俺を、 「そういうことで、じゃあ行こうか」  と、言って部長はどこへやら、連れ去ろうとするから抵抗も出来ずに『???』と疑問符を浮かべながら歩きながら、失礼ながらも部長のお話を聞き返す。 「え、あの、どこへ行くんですか?」 「嫌だな、聞いてなかったのかい東雲くん。幸いなことにこの近くのホテルの部屋が取れたから、今日はそこに泊まろう、って言ったじゃないか」 「ホテル……ですか?」 「ビジネスホテルだけれど、いい部屋だよ。安心して」 「はあ」  部長がそういうんだから逆らえはしまい。そうとでも言いたげに強引に、人波が見ているって言うのに俺の肩を抱いたまま、部長はさっさと駅を出て、風から俺を庇うようにしながら言った通りの近くのビジネスホテルのフロントに、彼の部下である俺を連れて辿り付いた。フロント係が忙しいのかなかなか現れないからその間に、俺は大輔にラインを返す。『部長がホテルを取ってくれたから、俺は今日はそこに泊まれそう』大輔『は? どこのホテルだ?』『○○ホテル』大輔『お前、大丈夫か?』。と言った所でやっと、フロント係が現れた。部長が名乗るとフロント係の女性が一瞬怪訝そうに俺たち二人を見て、それから衝撃的な言葉を放つ。 「……お部屋の方は、ダブルでよろしかったでしょうか?」 「!!?」 「はい、結構です」  見せつけるように部長は再び俺の肩を抱く。から、俺はホテルの部屋割りの仕様を思い出していた。ダブル、ってのはあれだろう。一つの部屋にダブルベッドがひとつ。それってつまり部長は俺と…… 「しっ、失礼します!!」 「ハハ、どこへ行こうというんだい?」  肩にかかった手を外して、急にその場から逃げ去ろうとした俺の腕を、がっちりと部長が掴んで離してくれないから俺は涙目になる。 「いっ、いえ、すみません。なんというか、急に用事を思い出してですね、」 「用事があったって、この台風だよ? 大人しく、私と部屋に泊まりなさい」 「だって部長! いま、ホテルの人が『ダブル』って!! いい大人の男二人が、ダブルベッドで一緒に眠る気ですか!?」 「部屋が空いていないんだ。仕方ないだろう……それに、」  ぐいっと腕を引っ張られて、フロント係には聞こえないくらい小さな声で、耳元で部長に囁かれる。 「『いい大人』だから、一緒のベッドなんだよ。東雲くん」 「っ……!!」  全身がそうけだつ。やっぱり、部長。やっぱり部長、ゲイだったんだ。俺、狙われてたんだ。昔っから、大輔にも、皐月くんにも注意はされていた。『お前(あなた)は男にモテるから』と。しかし涙目で、俺が小動物のように震えながら部長を見上げると、それが彼の嗜虐心を余計に煽ったようで舌なめずりをされる。そしてその目は言っている『上司命令だ』と。上司命令、ね……ハハ、上司命令か。逆らったら、新入社員の俺ってばどんな目にあうのかな? 思って曖昧な笑みを浮かべては、再びやっぱり普段から男(というか中学生)に抱かれている身とは言え、恐くて恐くてその場から逃げ出そうとする。手を振り払って、切羽詰って走り出す。部長が『東雲くん!』と俺の名前を呼んで後ろから追いかけてくる。ホテルマンがどんな顔をしているのかは、見ることもできなかった。ホテルの外に出て、風に煽られて、飛んできた木の葉に『ぶっ』と声をあげた時、後ろから思い切りに抱きすくめられて『ひゃっ』と声をあげた。耳元で低い声。 「逃げようったって、そうは行かないよ。東雲くん、気付いていただろう? 私はきみが入社した時から、ずっと」 「わ、わわわ、離してください、部長!!」 「ずっときみに、惚れていたんだ。ああ、かわいい、可愛い東雲くん、今日こそ私のものに、やっとしてあげられる」 「は、はなしてください! 誰か、だれかー!! うぅっ、ぐすっ、だいすけぇー!!」  子供のようにぐずついて部長の腕から逃げようとして、思わず呼んだ名前がいわゆるビンゴと言うやつだった。 「……よぉ、呼んだか、東雲?」 「んっ?」 「へっ???」  ふっと部長と二人で顔を上げると、そこには台風も何のその、良く整った様相の、黒髪イケメンサラリーマン(最早スーパーマン)の鏑木大輔が、折りたたんだ傘と鞄を片手、威圧的に立っていた。その誰にでもイケメンと言わしめるお顔が、結構怒りに満ち溢れている。が、俺はわらにもすがる思いで、友人であるイケメンの大輔に手を伸ばす。 「だっ、大輔!? どうしてここに、てか、助けてくれ!!」 「東雲、それがお前の上司か? このセクハラ野郎」 「セクハラ野郎、とは心外だね。君こそ何者だ? 私は○○社、部長職の……」 「あァ、申し遅れました。私、東雲の友人で、こういう者でございます」  部長が俺を拘束していた腕を離して、格好付けるように自分の役職自慢をしようとしたところ、それを大輔が遮って、自身の名刺をにこやかに(威圧的に)部長に差し出した。遮られたことに少しムッとした部長だったが、しかし大輔の名刺を見て、『げ』とひとつ声を放ってそれから一歩その場を引く。 「□□社の、鏑木さん、ですか……ハハ」 「こう見えましても同業ですから、以後、お見知りおきを」 「ふ、ふん。それで、私の部下に、本日は何の用でしょうか」  部長が慄くのも無理はない。大輔の会社は俺の会社の同業で、しかも比べものにならない大企業なのだから。顔を引きつらせてその身をただし、しかし『部長』のプライドでもって俺をそれでも引きとめようとした部長だったが、今度は俺は大輔の方に肩を抱かれてキョトンとして、 「こいつは今日、俺と一緒に泊まることになってるんで」 「え?」 「なっ……!!」 「これ以上を東雲に強要すると、パワハラ・セクハラで訴えるぞ? では、失礼します」  こうして俺は、ラインで泊まり先を伝えていたことが幸いして、俺を心配してダッシュでやってきたという大輔に、セクハラ部長の魔の手から救出されたのであった(因みに部長は地べたに膝を付いて『ま、負けた……』と呟いていて何だか可哀相であった)。

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