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14.『染井吉野』
今年もまた庭の染井吉野が咲きました。そちらも桜は咲くのでしょうか。蓮の花が咲くのでしょうか。
僕は南方の空を見ています。キラリと光る飛行機があると、その度にもしやと思うのです。
あの手紙を胸に一直線に飛び立って、郵便飛行士サン=テグジュペリには逢えたでしょうか。
空港から空港へ飛ぶ新しい飛行機を見て思うのです。貴方を「兄さん」と呼ぶことができたなら。
膚の熱さ、汗の湿り、込み上げる律動。猛々しくも甘美な夜を知らぬままの清い躰でいたならば。
貴方は自ら知覧行きを志願することなく、平和な空で決められた航路を飛び、共にこの染井吉野を見ることができたのではないか。ちちははが眠る土の上に咲く染井吉野の花弁の毛細血管のような赤を見ることが。
悪いのは兄さんではありません。この手が皺の多い首を絞めました。二つ。
破瓜の夜、貴方は「俺を殺せ」と云ったのに、貴方を殺したのは僕ではなかった。そのことだけが悔やまれます。僕だって貴方に殺されたかった。
でももうそんな繰り言は必要ありません。この手紙が届くより先に僕が貴方のところへ着くでしょう。待っていてください。お兄さん。お兄さん。お兄さん。
僕も皺の多い手になりました。
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