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24.『恋』

小高い丘の上にたった一本だけ植えられた桜の木は、今年も大きく広げた枝の先端まで淡いピンク色で染めた。  その幹の根元に立ち、両手を広げて風に舞い落ちる花弁を体全体で受け止める。  目を閉じてゆったりとした呼吸を繰り返す僕の唇に柔らかな何かが触れた。 「――もう、来ないのかと思ってた」  鼓膜を擽る柔らかな声音は僕の心の中に秘めた想いをそっと解き放つ鍵となる。 「忘れるわけないだろ」  ため息交じりのつまらない言葉を遮るかのように、冷たい唇が遠慮がちに重なる。  何度も啄む彼のキスに焦れて、僕はつい舌先を伸ばす。それを咎めるように甘く咬んだ彼の吐息が鼻先にかかると、堪えていた想いが一気に溢れ出した。  閉じた瞼から溢れ出した涙は頬を伝い、舞い散る桜の花弁をそっと濡らしていく。  顎を伝った滴が地上から浮き上がった木の根元に落ちた時、冷たい唇が離れていった。 「俺はいつも、お前を悲しませる事しか出来ない……」  苦しそうに小さく呟いた彼に、僕はゆっくりと首を横に振った。 「悲しくなんてない。嬉しいから、泣いてる……」 「嘘……つくな」  一年に一度だけの短い逢瀬――。この桜に恋をした僕は愛される悦びを知るたびに弱くなっていく。

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