45 / 49
44.『徒桜と残花一輪』
夜桜と花筏 を見ようと桜の名所に足を運んだ。数十年前は、彼に付き合わされ、笑い合い会話しながら桜並木を歩いていたが、今は独り。
彼がいたら、どんなに幸せだろう。桜ではなく通り過ぎる人を見ている。いるわけないのに、期待している自分がいる。
「あっ! 碓氷 」
一眼レフで夜桜を撮影していた男性に声をかけられた。視線が合った瞬間、感電したような音を立て、胸の鼓動が速くなった。
「まき……?」
「そうだよ。久しぶり」
「久しぶり。変わってないな」
大人びた姿なのに、あの頃と変わっていない部分がある。
「ばか、君のことが忘れられなくて、この歳になっても独り身だ」
「俺と同じなんだな」するっと言葉が出てきた。
「こんなおっさんに好かれるのは嫌だと思うが、」
「嫌じゃねえよ。ずっとお前の面影を探していた」
「今度は、今度こそ離さないから覚悟してよ」
「僕だって離すわけないよ」
花びらがついていると強引に彼の腕を引き、唇を奪った。顔を真っ赤にして、恥ずかしそうに肩を叩く仕草が愛おしく、なつかしい。
散る運命だとわかっていても、凛と咲く桜が日の光を浴び、透明な美しさをまとう。不思議なほどに目を惹かれ、なつかしさを感じる存在なんだ。
ともだちにシェアしよう!