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44.『徒桜と残花一輪』

夜桜と花筏(はないかだ)を見ようと桜の名所に足を運んだ。数十年前は、彼に付き合わされ、笑い合い会話しながら桜並木を歩いていたが、今は独り。  彼がいたら、どんなに幸せだろう。桜ではなく通り過ぎる人を見ている。いるわけないのに、期待している自分がいる。 「あっ! 碓氷(うすい)」  一眼レフで夜桜を撮影していた男性に声をかけられた。視線が合った瞬間、感電したような音を立て、胸の鼓動が速くなった。 「まき……?」 「そうだよ。久しぶり」 「久しぶり。変わってないな」  大人びた姿なのに、あの頃と変わっていない部分がある。 「ばか、君のことが忘れられなくて、この歳になっても独り身だ」 「俺と同じなんだな」するっと言葉が出てきた。 「こんなおっさんに好かれるのは嫌だと思うが、」 「嫌じゃねえよ。ずっとお前の面影を探していた」 「今度は、今度こそ離さないから覚悟してよ」 「僕だって離すわけないよ」  花びらがついていると強引に彼の腕を引き、唇を奪った。顔を真っ赤にして、恥ずかしそうに肩を叩く仕草が愛おしく、なつかしい。  散る運命だとわかっていても、凛と咲く桜が日の光を浴び、透明な美しさをまとう。不思議なほどに目を惹かれ、なつかしさを感じる存在なんだ。

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