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自分の吐く息の熱さと、やけに大きな心音が耳に響く。
まずい。
あたりには参加者である鷹匠とそれを見にきた観客が大勢いる。
こんな大勢の人間の目の前で発情していることが知られてしまったらどうなるか目に見えていた。
昴はなんとか立ち上がると、その場を離れようとした。
しかし目の前の景色はいくつも重なり、歪み、グニャグニャと曲がって、まるで酩酊しているかのような感覚に陥る。
そうこうしているうちにぬるりとした感触がして、下肢が濡れはじめた。
「ぁ…っ」
昴は小さく喘ぐと唇を噛み締めた。
締め付ける布の感触にも感じてしまい、下腹部がじんじんと疼いてしまう。
くらりと眩暈がして、昴は咄嗟に自分の手首に思い切り歯を立てた。
「…っっく」
鋭い痛みが走り、歯を立てた場所から血が滲む。
おかげでいくらか思考がはっきりとして、昴はよろよろと立ち上がると人のいない方へと歩きだした。
とにかく人の目のつかないところにいかなければ。
その時頭上から声が聞こえた。
「逃げろ、昴」
見上げると競技の途中で野放しになっていた隼 が、昴の頭上を旋回しながら高く鳴いている。
すると次の瞬間、それを皮切りに、辺りにいた何羽という猛禽が一斉に暴れ始めた。
繋がれたパーチの上で羽を大きく広げ、大緒を引きちぎらんばかりに羽ばたかせている。
突然暴れ出した鳥たちを前に、鷹匠達も何事かと狼狽していた。
猛禽たちの羽音と高鳴き、そして人々が騒めく喧騒で会場は一気にパニックと化す。
その異様な光景に瞠目していると、再びどこからともなく声が聞こえてきた。
「やはりあれはΩ だったか。なんてうまそうな匂いだ」
低く響く声に昴は怯えながら身を震わせた。
しかし、不思議なことに会場の人間たちは誰一人として昴を見ていない。
人々の目の殆どは、暴れ出した鳥達へと注がれている。
それなのに昴の頭には次から次に「声」が流れ込んでくるのだ。
「Ωだ、Ωがいる!」
「この匂い、たまらない」
「あれは俺のものだ!」
「足革が邪魔だ!あのΩが欲しい!」
争うような声は羽音と共鳴していて、まるで鳥達の叫びのようにも聞こえる。
昴はハッとして空を見上げた。
まさか、この声は…
よく耳を澄ましてみると、隼の高い鳴き声は「逃げろ!」と叫んでいる。
気のせいではない。
聞こえていたのは鳥達の声だったのだ。
昴はあまりの出来事に震駭して動けなくなってしまった。
身体は熱くなってくるのに、背筋は冷んやりとしたものが伝っていく。
その時一羽の大きな犬鷲が足革を引きちぎり昴に向かって真っ直ぐに飛んできた。
その眼は鋭く、獲物に標的を定めたときの捕食者の眼だ。
彼らの視力は約一キロメートル先の獲物を捉えることができる。
すでに標的にされた昴に為すすべはなかった。
頭上を旋回していた隼が、果敢にも自分よりもふたまわりも大きな犬鷲に立ち向かっていく。
「ダメだ…ダメだ!!」
昴は今にも泣き出しそうになりながら咄嗟に叫んでいた。
「その子を傷つけるな、目的は僕だろ!」
犬鷲は隼に伸ばしていた鉤爪をすんでの所で止めると、ぐるりと首を回し昴を射抜くように見てきた。
鋭利な刃物のような眼差しは、美しいほど残虐で残忍な採食者の目だ。
隼を素早く交わしすぐに旋回すると、今度は昴に向かって鉤爪を伸ばしてきた。
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