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その時だった。
一際大きな高鳴きが響いて、一羽の鷹が猛スピードで突っ込んできた。
犬鷲の鉤爪を間一髪逃れることができた昴は地面に転がって、顔を顰めた。
激しい羽音とともに、斑ら模様の羽が頭上からふわふわと舞い落ちてくる。
その柔らかな羽を見て昴は目を見開いた。
まさかそんな筈はない。
だってここにいるはずがないのだ。
しかし、昴の頭上で自分よりも大きな犬鷲に立ち向かっているのは紛れもなく亜鷹だった。
鋭い眼差しを光らせ、けたたましく鳴きながら犬鷲を牽制している。
「亜鷹…?」
確かに、今日は鷹小屋に置いてきたはずだった。
鷹小屋には鍵がかかっているし、足革だってついている。
しかし見間違えるわけがない。
犬鷲に果敢に挑み、昴を助けてくれたのは間違いなく亜鷹なのだ。
未だに聞こえてくる鳥たちの激しい獣欲の声、人々の喧騒、そして昴を守ろうとする亜鷹。
昴は何が起こっているのか理解できず、頭は真っ白でただただ呆然としていた。
すると突然ポツリと何か水滴のようなものが頬に落ちてきた。
何かと思って拭ってみると、それは真っ赤な鮮血だった。
身体中からさぁっと血の気が引いていく。
思考だけが妙にクリアになり、凶事の予感に胸がざわついた。
どちらのものかわからないが、あれだけ鋭い爪や嘴をぶつけ合っていて無傷なわけがない。
亜鷹を失うかもしれない。
最悪の状況が頭を過ぎり、鼓動が激しくなっていく。
昴はいても立っても居られなくなった。
しかし烈を増した二羽は縺れ合うようにして、どんどん上空へと舞い上がっていく。
「亜鷹!!」
走り出そうとして踏み出した右足に激痛が走り、昴は再び地面へと転がった。
どうやら足を痛めてしまったらしい。
こんな時に限って…
昴は自身に叱咤すると頭上を見上げる。
どんどん遠ざかっていく亜鷹の姿に祈るような視線を向けながら必死で切願した。
彼は昴にとってただの相棒ではない。
家族であり兄弟であり、特別な存在でもある。
亜鷹がいないと生きていけない、亜鷹がいたから挫けないで生きてこれたのだ。
お願いだから亜鷹を殺さないで。
しかし無情にも足の痛みで意識が遠くなっていく。
掠れた視界の向こうで亜鷹の声が聞こえた気がした。
目がさめると、そこは車の助手席だった。
助手席のシートに横になった昴を、心配そうに覗き込む顔が見える。
「錦城さん…?」
「気がついたか」
錦城は昴が起き上がったのをみてホッとしたように息を吐いた。
イベントは終わったのか、辺りはしんと静まりかえっていて日もとっぷりと暮れている。
何があったのか暫く思考を巡らせてから、昴はハッとして錦城から離れた。
「あ、あの…大丈夫ですか?」
自分が発情期になったのを忘れていた。
抑制剤も飲んでいない昴が近くにいたら、嫌でも影響を受けてしまう。
しかし錦城は普段通りという表情で昴を見つめてきた。
どうやら発情期だと思っていたのは昴の勘違いだったらしい。
よくよく確かめてみると、息も荒くなっていないし、身体の疼きもすっかり無くなっている。
さっきは確かに発情期のような症状が出ていたのに、あれはなんだったんだろう。
「昴、すまなかった。その…俺の相棒がお前に…」
錦城は暗い顔で頭を下げてきた。
どうやら昴に襲いかかったのは錦城の犬鷲だったらしい。
「いつもは大人しい奴なんだ、これまでだって人を襲ったりなんかしなかった。けど、いきなり暴れ出して、気がついたら足革を引きちぎってた…何が起こったのかわからないんだ。他の鳥たちも一斉に暴れ出して」
それは昴も見ていた。
鷹や鷲などの猛禽はデリケートで視力が良いため、周りに影響されやすいのは確かだ。
しかし、さっきの光景は異様だった。
鳥たちは何かがきっかけで昴がΩであることを感じとったようにみえた。
そんなはずはないと思うのに、頭の中には今でも鳥たちの獣欲の声が響いてるのだ。
「お前の隼 はパーチにつないである。そっちは怪我がなかった」
昴は再びハッとして辺りを見回した。
「亜鷹…亜鷹は?!どこにいますか」
昴の表情に錦城はますます顔を暗くさせる。
「やっぱりあれはお前の大鷹だったのか?…悪い、大鷹の方はもしかしたら…俺の犬鷲と一緒に森の向こうに飛んで行ったまま帰ってこないんだ」
「嘘だ…」
錦城の沈んだ声に、昴は絶望的な声をあげた。
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