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アネモネ 第3話
会社が同じだと嫌でも耳に入ってくる。
山下さんは離婚後すぐ彼女が出来たのではないかと皆が噂をしていた。元々身だしなみに無頓着な彼が毎日整えて出社しているからだ。
好きな人の身の回りの世話は別に苦でもなんでもない。特段に尽くしているとは思わない。自然に身体が動くだけだ。
加えて、出来る限り料理も作っていた。遅く帰ってくる山下さんへ温かい食事を用意するような、新妻みたいなこともやっていた。
「お、山下のところの若い子だね。向田くん」
「三宅課長、お疲れ様です」
社内の休憩スペースで、山下さんの同期である三宅さんに会った。共通の知り合いである山下さんについて話題が上るのは必至で、当然離婚についても避けることは出来ない。
山下さんは周りの人から愛されている、と思う。彼は自分が思うより幸せ者なのだ。
「山下は元気?」
「ええ、まあ、そこそこ……」
「山下の前の奥さんは全く可愛くなくてね、男っ気の無さで有名だったんだよ」
適当に相槌を打ってたら、爆弾発言にコーヒーを吐き出しそうになった。こういう時は美人と称するものでは無いのか。この人は何を言い出すんだ。
「山下が一方的に惚れて、落としたんだ。それはそれは熱意に満ちたアタックで、仲良くやってるもんだと思っていたのに、世の中何が起きるか分からんな。山下が捨てられるとは」
「でも、新しい彼女が出来たみたいですし、良かったじゃないですか。みんなが噂してます」
「うーん、まあな。今の彼女を大切にしているといいんだが。たまにはあいつの惚気でも聞いてやろうかな」
三宅さんは、徐ろにスマホを取り出し電話を始める。嫌な予感がした。会話の流れから、山下さんへ電話をしていることは明らかだった。
白々しくその場を離れようと後退りをする。
すると電話中の三宅さんと目が合い、やんわりと腕を引っ張られた。
「終わったらいつもの居酒屋で待っててくれ。あと、お前んとこの若いやつも来るから、よろしく、じゃあな…………逃げないでよ、向田君」
「う、う……」
「仕事が終わったら、山下と来てね。俺も君と話したかったんだ」
「よ、用事があるので、行けなかったらすみません」
「いいよ。少しでいいから顔出して、な?」
「はい………………」
こうして半ば強引に約束させられた。
山下さんの離婚話は、ちゃんと聞いたことがなかった。彼との会話から事実を掻い摘んで拾っていただけだ。
山下さんの痛みは何より、超えることが出来ない存在を、俺は故意的に避けていた。
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