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アネモネ 第5話

よく考えてみよう。 28歳の冴えない会社員が、片思いをしている同性に離婚による傷心の道具とされていて、それでも独りぼっちよりはマシで、利用されていることに小さな存在意義を感じていた。 やっと自分の居場所に納得したところで、三宅さんが現れる。俺に一目惚れしたって、幸せそうな未来をチラつかせている。 (まさか。本気じゃないよな……) 「あ、あの……」 来るんじゃなかった。 ぎゅっと握ったグラスへ三宅さんの手が重なり、俺は動揺を隠せない。 「迷わなくていい。ゆっくり、俺という人間を知って欲しい」 「……………………」 そう言って、今度は俺の肩を抱く。 スーツ越しの胸の厚さ、腕の逞しさを想像して耳まで赤くなりそうだった。 (キザだけど、言われて嬉しくなくもない。どうしよう……自分が嫌だ) 三宅さんは怖いくらい優しい。口説かれてるんだから、優しいのは当然で、大人の余裕がある。自信家には俺に恋人が居ても居なくても構わないのだろう。 返事はいらない、自然に答えが出るまで待つからと三宅さんはかっこよく笑った。初めて見る大人の余裕に俺はただ苦笑いをするしかなかった。 酔ってもいないのに、足元が覚束無い。 帰り際、BARを出た小路地で、不意に名前を呼ばれた。 見上げた俺と三宅さんの唇が重なる。びっくりして身を後ろに引こうとするも、腰を寄せられて動けなかった。 深いキスではなく、ほんの少し舌を入っただけで身体が離れた。久しぶりにちゃんとしたキスをした気がする。山下さんは、セックスの途中に口寂しくなった時だけキスをしてくれるだけだから。 「………………」 「キスは好きかな?」 「え、あ、はい……あ、ごめんなさい」 現に足りないと思ってしまう自分を恥じた。 強請ってはいけないのだ。 俺には山下さんがいる。くたびれた山下さんが家で待っている。 「謝ることはない。可愛いなと思って。遅くまで付き合わせちゃったね。さ、帰ろうか」 「あの、三宅さんは、、どうして俺が同性が好きだって分かったんですか」 山下さんにも以前聞いたことがある。ゲイの自分は気持ち悪く無いのかと。それが何か問題あるのか、と普通に返されて困惑した覚えがある。 「なんとなく。一目惚れしてから目で追う様になって、もしかしたらと思うようになった。それから今日で確信になった。勘みたいなものかな」 「そう……ですか。あ、あの、俺……は、三宅さんとは……」 「続きは今度聞くよ。俺たちはまだ知り合ったばかりだ。中身を知らないまま答えを出すなんて、プレゼントを開けずにいらないと言う行為と同じだよ。子供ですら中身を見るだろう?」 頭の中で、山下さんを放っておけない気持ちが警笛を鳴らしていた。 三宅さんを知りたい気持ちと、山下さんをほっとけない自分がせめぎ合いを始めたが、今すぐ答えが出るような問題ではなかった。 駅前で、三宅さんと別れた。 改札をくぐらずにそのまま、さっきの道へ戻る。 とてもじゃないけど山下さんの待つ我が家へ帰る気分にはなれなかった。 今夜はネットカフェで頭を冷やすことにした。

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