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アネモネ 第6話

昔から、いい感じになる人には別に本命がいて、天秤に掛けられもせず利用されてきた気がする。 文面は不憫な人生に思えるが、本気になる手前で感情にストップがかかるため、本音を言えば楽だった。身を焦がすような恋愛は自分には向いていない。したいとも思わない。 恋愛もどきは性欲と生活の暇つぶしになればいい。そうやって歳を重ねるのが理想だ。 山下さんも同じく。今は俺を頼っているが、じき離婚の傷心も癒えるだろう。現実と直面する日は近い気がする。そうしたら俺の前から居なくなるから、新たな相手を探すだけだ。 だけど、同じ会社は後が気まずいからもういいかな。今の会社は居心地がいいので転職はしたくない。 (問題は三宅さん、なんだよなぁ……なんか面倒くさい……キザな言葉を呟かれたら身動きができなくなる。どうしようか……) 暗い箱で頭と酔いを冷ます。着替えたかったし、風呂も入りたかったので始発で帰宅した。 カチッ…… そっと鍵を開けると、目の前には仁王立ちした山下さんがいた。 「連絡も無しにどこほっつき歩いてたんだ」 「…………」 (なんで。起きてたの?) 驚いた俺の瞳に、山下さんは怒りと焦燥をぶつける。 「おい、聞いてんのか?」 「終電を逃したからネカフェで時間を潰してました。山下さんこそ、来なかったじゃないですか。俺、待ってたのに……」 「案件が終わった時間が10時半。それからだと遅いから三宅には断ったんだ」 「俺には何も連絡が無かった。最初から来ないつもりでしたよね」 意地悪く俺が言い返すと、山下さんは困ったようにため息をついた。 「確かに三宅にはあまり会いたくなかったけど、行くつもりがなければ誘われた時点で断るよ。お前には悪いことをした。ごめん」 素直に山下さんが謝るものだから、拍子抜けする。すぐ謝るとか、らしくない。 「もう別にいいです。三宅さんはよっぽど暇なのかな、口説かれましたよ。全くリスクを考えていない感じでしたが、海外はこういうのが普通なんですかね。ストレート過ぎて怖かったです」 「…………って、お前、三宅と付き合うのか?」 「付き合うのはちょっと。でも美味しいお酒とご飯を奢ってくれるなら、遊ぶのはアリかな」 海外帰りのエリート上司と付き合うとか、陳腐なドラマみたいだ。そのうち自分も本気になっちゃったりして。 自分には有り得ないけど。 「…………そうか」 「お風呂入ります。お腹も空きましたね。山下さんも支度してください」 いつもの、朝の騒がしさを取り戻そう。 山下さんとの間に流れた微妙な空気を払拭するかのように、俺はわざと明るく振舞った。

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