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アネモネ 第8話
山下さんとの身体の相性は悪くない。
いつも抱かれることを心待ちにしていた週末は、ほんの少しでもいいから俺の事を考えてもらいたかった。
セフレと会っても結局は山下さんが欲しいのは変わらない。逆に心が虚しくなるだけだった。
そんな願いも哀しく、目の前の山下さんがマンションへ帰ると言い出したのだ。
なんだか夢みたいで現実を直視できない。また最初から恋を始めるのか。大切に育ててきた自分の気持ちを蔑ろにされることがとても辛い。ぼんやりと自分の立場を憂いた。
俺の気持ちが山下さんにとって重要ではないところもやるせない。恩着せがましい性格も迷惑だろうに。
(だから一人に固執したくないんだ)
俺は静かに唇を噛み締めた。
「いつ帰りますか」
「明日。荷物も持って帰るよ。俺、上司としても人としても最低だった。頭冷やしてやり直す。今まで世話になったな。ありがとう」
あれだけ帰るのを拒んでいた元奥さんとの思い出の巣へ戻るの?
今更上司面されても俺にはピンと来ず、ただただムカムカした。しかも自己完結してるし。一体どんな心境の変化があったんだ?
「あっさりですね」
「えっ」
「俺がどんなに促しても帰ろうとしなかったくせに。何かきっかけでもあったんですか?」
去るものを追わずの俺でも、理由は聞きたかった。この状況で山下さんを回復させた自負はある。
「向田を解放してやれって三宅に言われた。俺がいるから色々と邪魔なんだと。向田も迷惑してる……のか?ははは、当たり前だよな」
「……………」
山下さんは、高い背にがっしりめの肩幅、笑ったら見えなくなるタレ目はかなり俺の好みで、低い声で囁かれれば脳天まで痺れる。
元々ノンケな人からは何も貰えないのだ。期待していた自分が悪いんだ。
でも、でも……
「俺の何が嫌だったか教えてもらえますか。後学の参考にしますんで」
不貞腐れて煽るような言葉が口をついた。本当は物分りのいい男を演じたかったのに、心とは裏腹な事を言ってしまう。
「いや……」
「恩着せがましいところですか?それともウザイとか、男だから気持ち悪いとか。ははは、当たり前ですよね」
いつの間にか俺は泣き笑いをしていた。
山下さんが好きだ。やっぱり離れたくない。でももう山下さんとの関係は終わってしまう。
強がりの堤防が決壊した。
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