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第4話
「待てよ、お前男漁ってんだろ? 慰めてやろうか」
「別にいらねぇよ、離して」
肩を強く捕まれ、振り解けない。
明らかに良くないことを考えているセリフを投げられ、夜相は気丈に睨み返したが、男はニヤニヤと夜相の体を壁際に押しやった。
「良かれと思って言ってやってんだぜ? 孕むことしか脳のねぇオメガが、股疼かせて相手探してんだろ?」
「はッ、あんたこそ万年発情期だろ。どう思ってもいいけどさ、俺の探し者はとりあえずあんたじゃねぇよ。そこどけろ、忙しいんだ」
「あぁ? 生意気言いやがって……」
ギリ、と掴まれた肩が痛む。
苛立ちに目を吊り上げた男が気分を害したように睨みつけてくるが、廊下を行き来する他の生徒は遠巻きに通り過ぎるだけだ。
どいつもこいつも、見下してる。
それに苛立ちも悲壮もなかったが、とにかく早く解放されたかった。夜相は今忙しい。
だが、力では勝てない。体格も夜相のほうが細く、先ほどから押し返しているのに、男の体はびくともしない。
首筋に顔を近づけられ、ベロリと舐められた。
気持ち悪い。不快感は瞬時に駆け巡り、血の気を奪う。
「黙ってついてこい、わかんだろ?」
「っ……マジで、俺忙しいのに、よ……ッ」
耳元で耳朶に舌を絡められながら、生暖かい吐息が襲った。ちょっとマズイ。
どうやって逃げようか、股間でも蹴り上げようかと青褪めた顔で逡巡した瞬間──男の体が夜相の前から離れた。
「ゔッ、な……このくらいでなんでわざわざアンタが……」
「うるさいな、あまり風紀を乱すことをしないでくれないか?」
なにが起こったのか。
冷たい声が聞こえたかと思うと、夜相を追い詰めていた男の腕が捻り上げられている。
腕を掴んでいるのは、眼鏡をかけた美形の男だった。
彼は風紀委員長の、狼屋 だ。
堅物で真面目で頭もいい、校内の有名人。その背後には風紀委員と思われる生徒が数人いて、委員室にでも向かう途中だったのだろう。
夜相と男を遠巻きに眺めていた生徒達は蜘蛛の子を散らすように去っていく。
狼屋に掴まれた男は、誰に捕まってるのかがわかってバツが悪そうに顔を顰めたが、文句は言わなかった。逆らってはいけない人物だと知っているのだ。
ポカンとしている夜相に、狼屋達風紀が近寄り、大丈夫かと声をかけられた。
夜相の心臓が、ドク、と高鳴る。
「あぁいう偏見があるやつはいるから、絡まれないように気をつけてくれ」
「ぁ……あぁ、わかってる」
「それじゃあ」
ニコリと笑って頷いた狼屋が、風紀委員達を引き連れ夜相から離れていく。
その通り過ぎた残り香が鼻孔をくすぐると、小さな胸の高鳴りがドンドンと大きくなって、頬に朱が走った。
───みつけた。
ニヤリと自分の口元が緩むのがわかる。
衝動的に床を蹴って、求めるがまま走り出す。
絶対に逃さない。
この俺を撒こうなんてそうは行かない。
ヒヨッた犬一匹のわがままなんて屁でもない。
狼男と暮らす家に、毎日帰ってこれるのかって? 上等上等、やってやる。一人にしてくれと鳴かれても、死ぬまでそばにいてやるよ。
いつかに怯えて泣くのが嫌なら、ためしてみようぜ。
いつかがくるのか、俺と一生。
夜相は獲物を狙う獣のように、最後尾を歩いていた一人の風紀委員の背中に飛びかかった。
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