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第5話
「ッ!?」
突然の衝撃にバランスを崩したその生徒は、夜相ごと廊下に倒れ伏した。
ゴツンッ、と痛そうな音がして、額をしたたかに打ち付けたのが容易に想像できる。
だがそんなことより。
押し倒した背中にピタリと体を寄せて、深く深呼吸した。
無造作に伸ばされた硬く黒い髪。
広い背中。夜相より大きな上背。
そしてなによりこの身体の奥がキュンキュンと反応する香り。
「こそこそ人混みに隠れて俺から逃げようなんてチャンチャラおかしいねぇ、犬っころ」
「っ、く、な、なんのことだ、俺はお前なんて知らない、お、降りてくれ……!」
誤魔化しや嘘が下手くそ。
不自然極まりない声の上ずりと、ウゾウゾと床を這う男の項に、夜相はキツく歯を立てた。
「痛……っ」
「お前にこうされるまで、離れてやんねー。俺に言い逃げなんて許すわけないだろ? 負け犬さん」
「あ、ちょ、やめ、逆だろ、まて、まて、ッ」
スポーンと目玉が取れそうな顔をして固まっている周囲を尻目に、アオーンと狼男の悲鳴が響きわたった。
♢
「なぁ、いつ変わんの?」
「日が沈んだら……」
いつもと同じ満月の日。
夜相はやさぐれた顔で自分に馬乗りになられている男を見つめる。
初めての恋人のお部屋訪問なのだから、もう少し浮かれた顔をしてもいいのに。
夜相のベッドに押し倒されて、狼男──新月 は死んだ魚のような目をしている。
一月前、夜相に身バレしてからずっとこうなのだ。
避けられ続け耳をふさいで逃げられ、身バレ前の蜜月は夢だったのかという体たらく。
狼姿よりずっと人との関わりが臆病な様に見える新月を、今日は無理矢理部屋にひきずって連れ込んだ。
廊下で押し倒し付き合わなければやめないと言ってひたすら項をカプカプと噛み続けて、ようやくイエスをもぎとった恋人関係。
まさかこんなに早く見つかるとは思わなかった。自分の読みの良さに惚れ惚れしてしまう。
しかし、アルファならこの学校の重要役職についているだろうとあたりをつけたが、新月は狼になってしまう狼男体質がバレないよう、注目されない為に密やかに生活していたのは誤算だ。
人目を忍んで平の風紀委員になっていなければ、きっと初日には捕獲できてきたはず。
夜相は見つけるのが遅くなった二日を未だに悔いている。
それが丁度、狼屋が夜相を助けたタイミングで新月がいたとは。
運も味方についたのだ。
「……俺達やっぱり運命だよ。ビビビってなる激しいやつじゃねえけどさ、……俺に、しとけよ」
ポスン、と新月の胸元に手を落とす。
暖かな皮膚の下からトクトクと感じる鼓動。
今の新月は夜相と同じだ。同じ暖かさと、同じ鼓動。
これが満月の今日、日が沈むと毛皮に覆われた荒々しく恐ろしげな狼になってしまう。
変化する瞬間にそばにいるのは初めてだ。
それが理由で胸が少し痛むわけではない。
緊張が落とした手を震わせるわけではない。
一抹の不安があった。
この一ヶ月、無理矢理恋人になったと言っても、人の姿の新月は夜相が触れるたび焦りと怯えを滲ませる。
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