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第10話
だが、その言葉に全身の毛を震わせて歓喜した時点で、この気持ちはもうとっくに後戻りはできない。
本当はそんなこと、新月だってわかっている。
屋上から、夜相のもとから走り去って闇の中を駆け出しながら、獣のくせにポロポロと泣いていた自分。
そんな負け犬を、負け犬のままにさせないと再び手を引いてくれたのは、夜相だ。
いつだって、情けないのは新月で、それを許して次のステージをくれるのは夜相。
新月の知る夜相は……オメガであることを悲観していなかった。
けれど心の奥底で、繁殖道具として以外の魅力では愛されることはないだろう、と当然のように思っている。
希少なオメガを教科書でしか知らない下卑た輩に、誰にでも足を開くスキモノだろうと襲われることもしばしば。
愛玩動物と一緒だ。
夜相は笑い話のように言っていた。
納得して、飲み下して。
笑っている彼に自分がはじめてしたことは、本当にひどいことだった。
それと同じことを今している。
……いや、させられた。
いつか廊下で押さえつけられても夜相は気丈に睨みつけながら、しかし震えていた。
それほど嫌なことだったはずだ。
薬を飲まずにわざと誘った彼は、臆病で逃げ腰な新月が夜相を縛る言い訳をくれたのだ。
夜相が乗りかかってきたから、発情期のフェロモンに当てられたから、そういう言い訳をくれたのだ。
恋人にならなければ離さない、そう言われたから、付き合っただけだと。
そうやって、強引な夜相はいつも新月の後一歩を手を引いて抱き寄せてくれる。
「はっ、ぅ……っ大丈夫、おまえ、かっこいいよ、ン、ぁっ、っ、ぉ、俺はどっちも、全部っ好きだよ、」
何度も絶頂を迎え喘ぎ掠れた声が、何処か遠くから自分を俯瞰で見ていた新月を引き戻した。
本当によく見ている。
理性が飛び果てていても、泣き出しそうな新月の欲しい言葉をくれる。
新月の胸の奥が俺も好きだ、愛してる、夜相が欲しい、欲しい、そう叫んでいるのがよくわかった。
彼が生まれてから今日までにこびりついた劣等感、腐り果てた心のうえに重ね続けた孤独感。
ウオォォォォン、と。
耳元でないまぜの感情を打ち上げるような新月の遠吠えが響き、次の時には夜相の体はうつぶせに引き倒されていた。
「あぁあッ」
腰を抱えられ、頭を押さえつけられ悲鳴が漏れる。
ポタ、と夜相の背中に熱い雫が落ちてきた。
熟れた夜相の体は乱暴な攻めを苦痛に感じない。
呼吸もままならない夜相の項を、生暖かい吐息が撫でた。
「やあい、───いっしょに、いて、」
自分からは何も求められない、どうしようもない子犬の、ようやく吐き出したなき声。
祈るように噛み付かれた途端、体内にとめどない熱いものを注がれる。
蛇のようだと揶揄される目を見開いて、夜相は自分のすべてが幸福に震えるのを感じた。
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