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第5話 ③
それから数日経った週末の仕事は忙しかった。
ちょうど店のオープン五周年記念のセールということで、普段のセール時よりも多くチラシを配布した効果によるものだ。
広告費に費用を掛ければ、その分お客も見込めるのだが、やはり毎回というわけにはいかない。かかる広告費だってバカにはならない。
「いらっしゃいませー」
オープンから途切れることなくお客が訪れ、スタッフの手によって次々と売り上げが伸びて行く。
自店には販売能力の高いパート社員が多くいるため、そこに関しては彼らに任せ、社員は検眼や加工、修理などの技術面に集中できるのがありがたい。
「船口店長。次、あちらのお客様の検眼お願いします」
「ああ。これ加工済んでるから、あとクリーニングでお渡し頼む」
「はい」
こうした連携も上手いこと噛み合ってているのは、長年この店で働く者どうしのチームワークだ。
慌ただしい時間がようやく落ち着いたのは夕方辺りが薄暗くなった頃だった。
「なかなか忙しかったですね」
たった今仕上がったばかりの眼鏡を洗浄機に入れた社員の岡本が小さく息を吐きながら言った。
「ああ。さっき、ブロック長から連絡あって、今のところうちが売り上げブロック一位らしい」
「マジすか。やりましたね」
全国各地にある店舗は地域ごとの大きなエリアとブロックに分けられている。ブロック内の店舗は、特に売り上げを競う事を強いられる。
売り上げが悪ければ当然尻を叩かれるし、結果を出せない店長はそのポジションを下ろされる。哲平が店長になってまだ半年も経たないが、以前より売り上げが落ちてはならないのはもちろんの事、これからもそれなりの売り上げをキープしていかなければ、このポジションを維持することは難しい。
哲平自身も、前任の店長の苦労をよく知っている。表向きは明るく振舞っていたが、上からの苦言に堪えきれない涙を流しているのを見たのも一度や二度ではない。
「とりあえず、落ち着いたな。岡本、俺ちょっと一服してきていいか」
「もちろんっす。ごゆっくり」
「加工も頼むな」
「はい! ──って、船口さん! 俺の苦手なツーポ残しとくとか嫌がらせですかぁ?」
「バァカ。後輩の技術力向上のためだろうが」
そう言って笑いながら店出ると、哲平は店舗裏の喫煙所に向かった。
スーツのポケットの中から煙草を取り出し火を点ける。最近いろいろ考えることが増えたせいで、煙草の本数も増えた気がする。
何も持っていなかったあの頃と違い、多少なりとも背負うものが増えたのは、自分も大人になった証拠だ。
結果、セールは連日盛況だった。
本社が広告費を掛けたのに客が集まらない・売れないでは目も当てられないが、三日間とも目標売上を大幅に上回り、それなりに結果を残せた。
これで本社から嫌味を言われることもなさそうだ、と哲平はほっと胸を撫で下ろす。
残務処理もあらかた終わった閉店間際、パート社員を普段より少し早く上がらせたのはせめてもの労いの気持ちからだった。
「いらっしゃいませ」
「まだ、大丈夫ですか?」
そう少し遠慮がちに入って来たのはちょうど哲平と歳が変わらないくらいの若い男性客。
「大丈夫ですよ。新しいお眼鏡お探しですか?」
「ええ。今使っている運転用のものが、最近見えにくくなった気がして……」
と男性が差し出した眼鏡をトレイの上に受け取った。使い方がいいのか、比較的新しく見えるが、ざっと五年ほど使用したところか、とおおよその見当をつけた。
「今お使いの眼鏡は、どれくらい前に作られたものですか?」
「五年くらい……ですかね」
「でしたら見え方が変わっている可能性も十分に考えられますね。もしよろしければ、見え方だけでも確認してみますか?」
そう訊ねると、「あ、じゃあお願いします」と男性が頷いた。
「こちらへどうぞ」
哲平は、にこやかに微笑むと男性を検眼台へと案内した。
「新しいお眼鏡、十五分ほどで出来上がりますが、お待ちになりますか?」
そう哲平が訊ねると、若い男性が驚いたように訊ね返した。
「あ。すぐできるんですか?」
検眼の結果、視力が変わっていた男性は新しいものを購入してくれることになった。
「はい。お時間大丈夫でしたら、お待ちいただければ」
「じゃあ、待ちます」
「それでは、改めてカルテをお作りしますのでこちらにお名前を……」
「あ、はい」
カルテを差し出すと、男性客が名前や住所などの必要事項を記入した。カルテを書き終えた男性が、哲平の顔をまじまじと見つめるその視線に、少し戸惑いを感じた。
検眼中にも時折妙な視線を感じたのは、気のせいか──。
「──あ、僕の顔に何か?」
「いや、何でも。店員さんの眼鏡カッコいいなと思って」
「ありがとうございます。最近入荷したばかりの新商品でして」
当たり障りのない言葉で返されたが、以前どこかで会ったことがあっただろうか。
哲平自身も、初めて会ったというよりはどこかで会ったことがあるような……という曖昧過ぎる感覚だけでその確証は全くなく、カルテに書かれた名前も見ても心当たりはない。
毎日大勢の人を接客している中、その客の中の誰かに似ている気がしただけだろうと、この時はさほど気にも留めなかった。
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