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第7話 ①
『自分の恋人が──、おまえがこの男に会うことを気にしないとでも思ったか?』
あの成島という男がそう言い放った瞬間、悠介の表情が自分を見つめたままひび割れた。
あんなにも分かりやすく、その変化が顕著に、人の表情から血の気が引いていくのを見たのはたぶん初めてのことだった。
「……」
悠介に、男の恋人がいた──その事実は、自分でも驚くほど哲平の胸に重くのしかかった。
寝転んでいたベッドからようやくのろのろと起き上がり、部屋の空気を入れ替えるため窓を開けるついでにベランダに出た。
「はぁあ……」
大きな溜息は、蒸し暑い風に溶けて消えて行った。
悠介がいわゆる“そう”だなんて思ってもみなかった。
同性愛、というものに偏見はないつもりでいた。身近にそういった人間がいなかったため、具体的にどうこう考えたりしたことはなかったが、受け入れられる。そう思っていたはずなのに、あの日から胸の上に何か重い塊のようなものがのしかかったままだ。
男の恋人──か。
悠介は昔から綺麗な顔をしていたし、男と──しかけた卑猥な想像を無理矢理頭から追いやった。
悠介だったら、普通に綺麗な女の人と付き合ってなんてことを考えて、悠介の相手なんだからとびきり美人で優しい彼女で……なんてことを想像していた、その相手が男とか。
その事実に意味が分からないほど、胸が重くなる。この胸の重さは一体何だろうと、考えてみるも一向に分からない。
「あーあ……」
悠介がそう、だと知っても嫌悪感はなかった。
むしろ、あのとき沸き上がった感情はいろいろぐちゃぐちゃし過ぎてて自分でもよく理解できなかったのだが、少し冷静になって考えてみるとそれは少し“嫉妬”に似ている。
昔は誰がどう見ても、悠介にとって一番だった自分のポジションをいつの間にか他の男に奪い取られている嫉妬だ。
「……ガキ臭せぇなぁ、俺」
結局のところ、悠介にとって自分が一番でなくては嫌だったのだ。
それは、昔も今も。
そして、悠介がどんな人間であったとしても。
悠介が、ある時期を境に自分を避け始めたのは多分気のせいではなかったのだろう。つまりそのことが原因で、何か思う事があったのかもしれない。
あのひび割れた表情を見れば分かった。たぶん悠介は知られたくなかったのだ、自分に。
「……知ったからって嫌いになるかよ」
事実、そうだった。
衝撃でこそあったが、それで悠介を嫌悪する気持ちにはならない。
悠介は、やはり悠介なのだ。
なぜあの時、何も言えずに帰って来てしまったのだろうかと悔やまれる。
思いがけない事実を知り、他の何よりも戸惑いが勝って、悠介に掛ける言葉も見つからなかった。悠介はどう思っただろう。一度も自分と目を合わせようとせず、随分傷ついた表情をしていた。
何よりもショックだったのは、あの時、悠介は成島を選んだ。
恋人同士なのだから、当たり前といえば当たり前なのかもしれないが、悠介の一番はとっくに自分ではなくなっている事実を突きつけられ、哲平は深く傷ついたのだ。
「……はは」
部屋に戻り、再びベッドに腰掛けた。ベッド脇の充電器に繋がれたままのスマホを手元に寄せては、戻す。こんなことをここ何日も繰り返している。
ブルルとスマホが震えれば、もしかしたらと慌ててそれを手に取るものの、たいして意味のないダイレクトメールに大きな息を吐く。
『おまえとはもう会わない』そう言い捨てたくせに、最後の最後哲平の電車の心配をするあたりがやはり悠介らしいといえば悠介らしいのだが、あの言葉に想像以上にダメージを受けている自分に戸惑う。
もう、関わるなということか。悠介はずっと昔からそれを望んでいたのか。
今回のことも──自分が懐かしさから悠介に近づくことを、本当は疎ましく思っていた? 悠介は優しいからきっと断り切れずに……そんなことを考えては溜息をつくことを繰り返している。
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