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第7話 ②

「哲くん? どうしたの? ぼーっとして」  そう小夏に言われてはっと顔を上げた。仕事帰りのお決まりの食事デートの最中。 「あ、いや。ごめん」  馴染みのイタリアンレストランの店内のざわめきが急にリアルに耳に届き、その景色が鮮明になる。 「仕事忙しい? 急に会いたいなんて言って迷惑だったかな?」 「や、そんなことないよ。ごめん」  恋人の小夏と過ごしている夜にすら、気もそぞろなのは、ふとした瞬間に悠介の事を考えてしまうから。  あれから一切連絡を取ってはいない。元々悠介の方から連絡が入ることなどなく、自分が一方的に連絡をいれていたんだなということを今更ながら実感している。 「何か、気になること?」  小夏がアイスコーヒーのストローを弄びながら訊ねた。 「あー……うん。ちょっとな」 「なぁに? あ、言いたくないなら無理には聞かないけど」 「ツレと、ちょっと……あって」 「ああ。悠介さん?」 「え?」 「あ、違った? 哲くん最近よくその人の話ばっかしてたから──」 「そんな、してた?」 「うん。会うたび楽しそうに!」  確かに小夏に悠介の話をしたことはあるが、そこまで頻繁だったとは自分でも自覚していなかった。 「喧嘩でもしたの?」 「いや。そーいうんじゃないんだけど……」 「よく分からないけど……気になることあるなら、ちゃんと話した方がいいと思う。ほら、間が空いちゃうと余計言えなくなったりするもんだし。上手く伝えるの難しいかもしれないけど、自分はこう思う、こうしたいってのは伝えなきゃ」  小夏の言葉を受け止めながら考える。  この数日もだもだグズグズ考え込んでいるが、結局自分は何をどうしたいのだろうか、と。 「それに哲くん、頭で考えるより動くタイプでしょう?」 「──ああ、うん」  確かに、うだうだと考え込んでいるのは性に合わない。 「仲直りしたら、私にも紹介してね」  と微笑んだ小夏に「うん」と即答できなかったのは、一体なぜだろう。 「ありがとう。哲くんも、帰り気を付けてね」 「ああ。おやすみ」  小夏を自宅前まで送り届け、繋いだ手を離そうとすると、小夏がその手を離すことなく自分の方へ身を寄せた。 「誰かに見られるぞ?」 「いいじゃない。ちょっとハグするくらい」  小夏が背中にそっと手を回し、自分もそんな小夏の背中をそっと抱き寄せた。小さな小夏の背中を抱き寄せながら、ふと脳裏に悠介の顔がよぎる。  悠介は──、こんなふうに女の子の背中を抱き寄せることなく、男の背中を抱き寄せているのだろうか。男同士で付き合うということはつまり──。と、仕掛けた想像を頭の隅に追いやりながら、小夏の柔らかな髪を撫で彼女の匂いを吸い込んだ。 「……」  ああ。まただ。結局、どこで何をしていても悠介の事を考えている。      *  *  *   「うぉ! 船口さん、昨日また補聴器売ったんすか! 両耳で五十万って、凄いっすねー」 「ああ。……まぁ、上見りゃキリないけどな」 「いやいや。スゲーっす」  いつの間にか連日のように蒸し暑い真夏日が続く八月を迎えた。  仕事中は忙しさもあってか、不思議なほど余計なことを考えている暇はなく、一般企業のボーナス期も過ぎ、財布の紐が緩みがちな時期だからなのか、売り上げも好調をキープしている。  あれから意を決して、悠介に連絡してはみたものの、思ったとおり電話には出てもらえず、メッセージを送ってみるも、既読は一応つくものの返信はもちろんなく、連絡は取れずじまい。  悠介があの言葉通り自分との関係を「これきり」にしたいのなら、それはそれで受け入れるしかない。  ただ、あんな終わり方を最後にはしたくないと──それが哲平の出した結論だ。

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