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第7話 ④
「ありがとうございました」
八月に入ってから続く、連日の真夏日。
客を店の外まで見送りに出るだけで、あまりの暑さに軽く眩暈を起こす。客の車が見えなくなるまで頭を下げ、身体を起こした。
「岡本。ちょい、煙草休憩いいか?」
「あ。いいっすよ? 俺、それ加工しときます」
「ああ。頼むわ」
哲平はそう言い残すと、店の裏にある喫煙所に向かいポケットの中から煙草を取り出して火をつけた。
「……暑っつ」
太陽が一番高い位置にくるお昼時。わずかな建物の影に入り、照り付ける日差しを避ける。
あれから半月。
もう、会わない。そう言った悠介の顔が、いまだ目に焼き付いたまま。
「……何やってんだろ、俺」
呟いて眼鏡のブリッジをそっと押し上げた。
悠介といると、楽しくて心地がいい。小さい頃から大好きだった。
友達も多く、勉強もスポーツもよくできた悠介は、皆の人気者だった。そんな悠介が隣のよしみで自分にとりわけ優しかったのを何より自慢に思っていた。
悠介が言う「好き」とはたぶん違う意味ではあるが、悠介と会えない間ずっと寂しさを感じて来たのは事実である。
悠介がもう会わないと言ったのは、悠介自身のためでもあり、たぶん哲平の為でもある。
あんな告白の後、気まずい気持ちは理解できるし、それをされた哲平を気遣ってのことでもある。悠介の気持ちを推し量ることはできるのに、やはりこのままでいいと思えないのは、明らかな執着だ。
「友達」でいられないのなら、どうすれば悠介と──。
そこまで考えて、ふと煙草を持つ手を止めた。悠介と会えなくなるのが嫌だなんて、どうにかして悠介と繋がっていたいなどと思うなんて。
これじゃ、まるで──。
ふと過った考えに、ふるふると頭を振る。
「そりゃ、好きだけど。そういうんじゃ……」
結局、自分の気持ちさえよく分からない。
悠介に対するこの執着は、ただの友人としてなのか、もしかしたらそれ以上の感情が存在するのか。
「船口さん! ブロック長からお電話です」
店の入り口から岡本が声を上げた。
「ああ。今行く」
哲平はそう返事をして慌てて煙草の火を灰皿の淵で揉み消した。
* * *
「船口」
久しぶりの早朝店長会議の後、ブロック長の小山に呼び止められた。
「おまえ最近、体調でも悪いのか?」
思いがけない言葉に驚いて、哲平は小山を見つめ返す。
「や。ここのとこ売り上げ落ちてきてるだろ? 岡本もおまえが仕事中に何か難しい顔してんの気になってるらしくてな」
「難しい顔、ですか?」
「やー。岡本が言ってたんだよ」
仕事中は余計なことは考えないようしているが、普段一緒に仕事をしている岡本の目にそんなふうに映っているのなら、それは事実なのかもしれない。
「いや。確かに売り上げは少し落ちてますが、それは俺の力不足で……体調とかは何も問題は」
「そうか? 体調問題ないならいいけど。あんま考えこむなよ? どの店も好調期不調期はあるしな」
「分かってます。来週またセールですし、盛り返しますよ」
そう返事を返すと、小山が哲平の肩を軽く叩いた。
「心意気は褒めてやるけど、力抜け。気負い過ぎんじゃないよ。背負いすぎると潰れるからな」
小山の言葉の意味はもちろん分かっている。
事実、常に売り上げを意識させられ、少しでも落ちると本社に尻を叩かれる。責任者となればそれも当然のことだが、そうした重圧に耐えきれなくなった人間が過去に多くいたのだ。
「大丈夫ですよ。ご心配ありがとうございます」
確かにここ最近の売り上げの低迷は悩みの種だが、それ以上に哲平の思考を占めている事がある。
岡本に難しい顔をしていると言われたのも、それの比重が大きいのを自覚している。
「つか、プライベートな悩みか?」
「は?」
「彼女と上手くいってないとか」
そう訊ねた小山は、少し探るような面白がるような表情をしている。
「なんで少し嬉しそうなんすか」
「いや。船口、妙に完璧なとこあるから。そういうのちょっとムカつくじゃん?」
「はは。面と向かってムカつくとか初めて言われました」
「俺も初めて言った」
小山の言葉が本気でないことくらいは、その表情と声色で分かる。こうした軽い冗談で哲平の心を解そうとしてくれている小山の気遣いだ。
「大丈夫っすから、本当に!」
「なら、いいけど。何かあったら言えよー?」
「はい」
仕事を長く続けていればそれなりにいろいろあるが、人間関係に恵まれているのは何より有難い。
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