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第11話 ③
小夏に別れを切り出したものの、彼女がそれを納得したかといえば話は別だ。
あの日の彼女の涙を思い出す度胸が痛むのは事実で、時間が経てば忘れてしまえることかといえば、それもまた違う。
あれから小夏は、哲平からの連絡に反応を示さなくなった。
メッセージを送ってみれば既読はつくが、もちろん返信はなし。電話を掛けてみても留守番電話サービスに接続されるだけ。
哲平から一方的に別れを切り出され、気持ちを整理できないでいるくらいの想像はつく。
「どういえばよかった……?」
哲平は駅からの帰り道、独り言のように呟いた。
言い方の問題でないのも分かっている。お互い憎みあっているなら別れは簡単。お互い想いを残しているからこそ、簡単ではないのだ。
彼女に分かってもらえるまで何度でも話をするつもりだ。
ふいにポケットの中のスマホが震え、哲平は慌ててそれを手に取った。
「もしもし?」
『──あ、哲平。そろそろ仕事終わる頃?』
電話の主は悠介だった。
「いや。今日、早く終わって、もう少しで家」
『なんだ、そうだったのか』
悠介が電話の向こうで小さく息を吐いた。
『この頃連絡してこないし、どうしてんのかと思って。飯でも誘おうと思ったんだけど』
「──ごめん。今は、ちょっと」
歯切れの悪い返事しか出来ないのは、小夏とのことにちゃんと整理がつけられていないからだ。
『分かってるよ。彼女のことだろ?』
「うん。俺、ちゃんとするって決めたからさ。いまは中途半端な事したくないんだ」
自分の気持ちがはっきりしたからといって、小夏とのことを曖昧にしたまま悠介に会うのはやはり違う気がする。
「ごめん。ちょっと時間掛かるかもしれない……」
そう言うと、電話の向こうの悠介が小さく笑った。
『気にすんなよ。ずっと無理だった諦めてた気持ち、やっと哲平に受け止めて貰えたんだ。結果、彼女からおまえ奪うことになって申し訳ないとも思ってる。彼女が納得してくれるまで待つくらいわけないよ』
「ごめんな、悠介。俺、また悠介の事不安にさせてないか?」
『大丈夫だって。俺だってまだ成島の事ちゃんとできてない……』
再会するまで、お互いがそれぞれの相手を最良の相手だと信じていた。
あの時小さく動き出した歯車は、やがていろんなものを巻き込んで、以前とは全く違った動きをしている。
何がきっかけで人生が変わっていくかは分からない。
一度器から溢れた水が決して元には戻らないように、人の心もまたそれを知らなかった頃には戻らないのだ。
『哲平……』
「ん?」
『声聞いたらダメだな。会いたくなる』
悠介の素直過ぎる言葉に、くすぐったい気持ちになる。
哲平も同じだった。こんな気持ちは知らなかった。ただ、ほんの少し声を聞いただけで、会いたくて、触れたくて、焦がれてしまうような気持ちは。
「俺も。悠介に会いたいよ」
車が多く行き交う大通り沿いを歩いていると、コンビニエンスストアが見えた。
悠介の父親が倒れて、悠介が頻繁に自宅に顔を出していた頃、偶然会ったコンビニだ。たかが半年ほど前のことなのに、もう随分と前の事のような気がする。
半年の間にいろんなことがあった。
悠介とこんなふうになるなんて、あの時は想像もしていなかった。
「いま、近くのコンビニ」
『ああ。じゃあ、もう家すぐだな』
電話の向こうで小さく笑った悠介を想像して胸が温かくなる。
『切るわ。またな』
「うん。おやすみ」
諦めずに何度でも話して、小夏に分かってもらおう。
彼女を大事に思っているからこそ、彼女の本当の幸せのために──。
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