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第12話 ①

 長い間、電話やメッセージのやり取りを交わすだけで会う事をしていなかった哲平が悠介の部屋にやって来たのは、強い北風の吹く寒い夜のことだった。 「会いに行っていいか」と哲平に問われ、悠介は仕事以外のすべての事を後回しにして哲平に会う事を優先させた。 「久しぶり……元気だった?」  そう言って少し遠慮がちにドア開け部屋に入って来た哲平の顔を見た瞬間、悠介の胸に熱いものが込み上げた。  哲平が彼女とのことにけじめをつけるまで、と会う事をしなかった。  哲平が大切にしていた彼女に対していい加減なことはしたくないという気持ちはもちろん理解できたし、自分が彼女から哲平を奪ってしまったという負い目もあった。  せめてそれくらいのことは、と哲平に会いたいと思う気持ちを必死で抑え込んで来たここ数カ月であったが、こうして一目でも顔をみてしまえばそのすべてのことが吹き飛んでしまうようだった。 「ちゃんと、ケリつけてきたよ」 「ああ……」  そう返した短い相槌の声すら震えてしまった。 「悠介、少し痩せた?」  哲平が少し背を屈める等にしてこちらを覗き込んだ。──が、その真っ直で熱の籠った視線を受け止めることができなくてふいに目を逸らしてしまった。  この数か月間、メッセージで綴る文字だけでは足りなかった。  声だけでは足りなかった。そんなふうに焦がれていたというのに、いざ哲平を目の前にすると照れくさくてどうにも素直になれないのが自分でももどかしい。 「待たせて、ごめんな」  哲平の言葉に小さく首を振って、少し赤くなったその鼻に指先で触れる。  その鼻先は驚くほど冷たかったが、一度触れてしまったら、もう照れくささなどはどこかに吹き飛んで、自分から哲平の胸に飛び込んでいた。  哲平の胸の中で大きく息を吸い込むと、焦がれていた匂いが悠介の鼻腔をいっぱいにした。 「哲平の、匂いだ」  そう小さく呟くと哲平が「え? 俺、なんか臭い?」と見当違いな返事を返してきたことに悠介は小さく吹き出した。 「……バァカ」 「なんだよ。久々に会えたのに、いきなりバカは酷くね?」  哲平が少し身体を離して、拗ねたような顔をしたので、悠介は再び哲平に近づいて耳元に唇を寄せた。 「嘘。会いたかったよ」  心からの言葉だった。  この数カ月、どれほど会いたいと思っていたことか。  心の中で哲平を信じつつも、いざ彼女と会ってしまったら情が生まれて自分の元に戻ってこなくなるのではと不安に駆られたこともあった。  それでも、信じて待っていられたのは、哲平という男の真っ直ぐさを誰よりもよく分かっていたからだ。 「俺もだよ。会えないの、正直すげぇきつかった……」  哲平の言葉と切羽詰まったような表情から、哲平も自分に会えない間同じ気持ちを抱いていたのだと思うと堪らない気持ちになった。 「なぁ、哲平。もう、誰にも遠慮しなくていいんだよな?」 「……うん」  気持ちを偽る必要もない。  誰かに気兼ねする必要もない。こんな日が本当にやってくるなどと、初めて哲平にそういった気持ちを持ったあの頃からは考えられなかったことだ。 「おまえは、俺だけのもんだって思っていいんだよな?」  悠介がそう訊ねると、哲平がその表情を嬉しそうに緩めた。 「ああ、もちろん。俺、これから先ずっと悠介だけのものだよ」  その甘く低く響く言葉とともに、哲平の冷えた両手が悠介の顔を包み込むようにあてがわれ、まるで引き寄せられるようにお互いの唇を重ねた。   啄むようなキスを何度も何度も与えられ、次第にそれだけでは物足りなくなる。  そっと口を押し開けて舌を絡め合って、その交わりが深くなればなるほど頭の中がふわふわとしてくる。 「……ん、ふ、っあ……」 「悠介……もっと口開けて」 「ん、っ」  哲平とキスをするのは初めてではないが、そのキスはこれまでのものと明らかに違っていた。  自分から無理矢理奪ったり、重ねられるだけだったものとは違い、哲平自身の大きな熱量を感じる。  唇を離すとすぐにその隙間を塞がれ、息をつく間もない。息苦しくて逃げたいような、このままこの甘さに溺れて居たいような、不思議な感覚が体中に湧きあがる。  哲平の息遣いか少しずつ乱れ欲情しているのが分かる。まるでいつかの時のように──。  あの時の哲平の興奮といまの対象はあきらかに違う。ずっと好きで、でも触れることさえ叶わなかった哲平が自分を目の前に興奮していく様に、悠介自身の欲情も煽られていく。 「哲平……ここじゃ、嫌だ」  気づけばまだ玄関先。哲平は靴を脱いだだけの状態で、コートすら着たままだ。それに気づいた哲平が恥ずかしそうにはにかんだ。 「ごめん。勢い余ってつい……」 「ちゃんとベッド行こ」  そう言って悠介が哲平の手を引くと、哲平が着ていたコートを脱いで悠介のあとに続いた。  寝室のベッドの脇に哲平がスーツのジャケットを脱ぎ捨て、もどかしそうにネクタイを解いた。 「じゃあ、仕切り直し」  そう言った哲平にベッドの上に押し倒された。優しく温かな目が悠介を真っ直ぐに見つめている。 「何だよ」 「悠介見てる」 「……そ、そんなまじまじ見んなって」  こうして自分だけを見てくれることをずっと前から望んでいたはずなのに、照れくささが邪魔をする。 「悠介、やっぱきれいだな」  そっと顔を近づけた哲平の低い声が耳元で響くと、身体がゾクリとした。再び哲平の顔が近づいてそっと唇が重ねられる。  以前したキスは悠介のリードに哲平が応えるという感じだった。──が、今夜のそれは以前とは違う。基本的には優しく、けれど時に激しく時に甘くどこまでも悠介の身体を痺れさせる。 「ふ、っあ」 「悠介、声がエロい」 「言うなよ……」  さんざん悠介の唇を弄び満足したのか、哲平は悠介の首元に舌を這わせ、そろりそろりとその舌先を移動させ鎖骨の上をなぞる。それから悠介のシャツの裾から手を差し入れ、鎖骨に吸い付いたまま胸元をまさぐった。 「……んっ」  指先で小さな突起をくりくりと刺激され、自分でも思っていたより甘い声が漏れた。 「悠介も、気持ちいいんだな」  以前哲平と試すように身体を重ねた時には、自分がする側だった。まるでその時の仕返しのように、哲平は悠介のそれを執拗に刺激し、快感を煽って来る。 「おま……しつこ……いっ」 「もう俺のだろ、悠介は。前とは違う。俺だって、好きなやつ自分の手でとことん乱したいよ」  好きなやつ、という哲平の言葉に胸が甘く痺れる。 「生意気」 「悠介、全然余裕だろ。そんな余裕見せらんないようにしてやりたいよ」  そう言った哲平の瞳の中に、静かな欲が宿った。  哲平が悠介の着ているシャツを捲り上げ、器用にそれを腕から抜き取った。悠介も応えるように哲平のシャツに手を伸ばすと、なぜかそれを手で制された。 「なんだよ、脱がねぇの?」 「脱ぐけど、自分で。この間は悠介に好きにされっぱなしだったから、今日は俺が悠介を好きにさせてよ。悠介から手出すの禁止な」  そう言った哲平が悪戯っ子のように微笑んで、いつの間にか手にしていたネクタイで悠介の腕を拘束した。 「は? おま、何……」 「キツく縛ってないよ」 「ちょ、待て!」   哲平にしては随分大胆な行動に見えるが、たぶん単なる思い付き。なのに、哲平に拘束されているという事実にどこか興奮しているのか、悠介の身体の中心に熱が集まってくる。 「……硬くなってるよ、悠介。もしかして縛られたりするの好きだった?」  哲平が悠介の硬度を増したそこを指先で撫でる。ゆるゆると与えられる刺激に身体が反応した。 「……っ」 「凄い、ちょっと触っただけで溢れて来た。ああ、こうやって擦るの気持ちいい?」 「あ、……んっ」  物理的な刺激もあるが、こんなふうになってしまうのは相手が哲平だからだ。  ずっと昔から触れたくて、でも触れられなくて、気持ちを抑えていた焦がれる相手にされたら、一瞬だ。 「濡れそうだから脱がすよ、このまま」  哲平が悠介の下着にそっと指を引っ掛けて、そのまま下へと引きずりおろした。 「ちょ、っ」  慌てて隠そうとするも、哲平のネクタイで両腕を拘束されていることに気付いて悠介は身をよじる。  確かにキツくはされていないが、すぐにほどけるほど柔らかな結びでもない。悠介が手を動かせないのをいいことに、哲平が悠介の硬化した部分を指でつつき、鼻先を近づけた。 「哲平……っ」  思わず声を出したのと、哲平がそこを口に含んだのはほぼ同時。哲平の温かでぬるりとした舌にそこを舐められいいように転がされる。それを何度も繰り返されているうちにいつの間にか「あ、ぁあ……」とだらしない切れ切れの声が悠介の口の端から漏れていた。 「悠介、凄いな。どんどん溢れて来る」  哲平が手のひらでそこを握りゆっくりと扱き出すと益々快感が高まっていった。 「……後ろも弄っていい?」 「ちょ、哲平……」  さすがにノーマルな男にそこまでは、と思い悠介が身をよじると、哲平が柔らかく微笑んだ。 「したいんだよ。悠介の、してみたい」 「……な、っ」 「なんでって、好きだからに決まってんだろ。この間は、悠介にリードされて正直わけわかんないまま夢中で悠介抱いてた。あれはあれですげぇ体験だったし、幸せだったけど、俺だって自分自身の手で悠介のこと気持ちよくさせたい」  少し鼻にかかるような甘えた声で哲平に言われたら、嬉しいやら恥ずかしいやら愛しいやらで悠介は何も言い返せなくなってしまった。 「慣れてないから、上手くできるかわかんないけど、酷くしたりしないから」  哲平が自分に酷いことをするようにはもちろん思えないが、やはり抵抗はある。どうしたものかと考えあぐねていると「ね? させてよ、悠介」と囁くような甘い声で言った哲平が手に余る先走りを利用してそろりと悠介の後ろに指を這わせた。 「ここに……指」  と言ったと同時につぷ、と哲平の指先が沈む。 「っ、あ……!」 「うわ。凄いな。中、柔らかくて熱い」  少し声を上ずらせて哲平が悠介の後ろを解しながらゆっくりと一本、二本と指を差し入れていく。浅く入れたかと思えば深く、緩急をつけながら哲平がまるで好奇心旺盛な子供のように悠介の悦いところを探るように指を動かす。 「あ、やっ。……そこっ、あ」 「いいんだ、ここ?」 「違っ……」 「違くないだろ。悠介、悦さそうな顔してる」 「待っ、哲……そこばっか押すな……あ」 与えられる刺激にどうにか持ちこたえながら懇願するも、哲平はそれを止めてくれないばかりか、より刺激を強くする。 「待って………も、哲………あっ、あ」  幼い頃から、哲平は悠介の言うことなら何でも聞いた。悠介に対しては素直であるという印象しかなかった。  なのに今夜の哲平はまるで違う。こんな強引な一面もあったなんて知らなかった。 「ごめん、なんか我慢できなくなってきた。俺も悠介のにナカ入れて欲しい」  そう言った哲平が着ていた服を全部脱ぎ捨てた。引き締まった哲平の身体に目を奪われているうちに、哲平が悠介の足を再び押し広げた。 「待って哲平。これ、ほどいて……」  悠介は哲平に腕の拘束を解いてくれるよう懇願した。  お互いの気持ちをはっきりと確認したあとでの初めての行為。こんなふうに一方的にイカされるのではなく、もっと哲平の熱を感じたい。 「俺も、哲平を抱きしめたいんだよ」  悠介が言うと、哲平が「わかった」と素直に頷いて、悠介の腕のネクタイを解いた。ようやく解放された腕を伸ばし大きく広げると、哲平が嬉しそうに微笑んで哲平自身を悠介の後孔に押し当てた。  そのまま哲平がゆっくりと悠介の中に身体を沈め、悠介はそんな哲平の身体を全身で受け止めた。 「……は、ぁ」  悠介の中で硬度と大きさを増した哲平の圧倒的な存在感に、息をするのも苦しい。 「あったかい、悠介ん中。すげぇ気持ちいい……」  切羽詰まったような哲平の声。その声色に、身体が痺れた。 「……動いていい?」 「ゆっくりして。俺、もう飛びそうだ」  こうして哲平を受け入れているだけで幸せ過ぎて、どうにかなってしまいそうだった。  哲平が悠介の言葉通りゆっくりと動くだけで「あ、っ、あ、あああ」と快感に身体が震えた。 「ごめん、悠介。ゆっくり、無理かも……悠介の声聞いてるだけでイっちゃいそうだ」  悠介の身体の中で哲平の質量が増す。奥が熱くてその熱さから逃げ出したいような、そうでないようなもどかしさに焦れる。 「俺……っ、も」 「イっていいよ、悠介」  そう零した哲平の動きが次第に激しくなっていく。それとともに悠介自身の快感も高まり自分でもわけが分からない淫らな声を上げていた。 「悠介、こっち見て。俺だけ見て」  そう言った哲平が熱っぽい視線で悠介を見つめる。  ずっと、見てたよ。おまえだけを……そう言おうとした言葉は、ゆっくりと近づいた哲平の唇に塞がれその行き場を失った。 「ンぅ……っっ」 「は……ぁ、」 「も、ダメ……、イく」 「俺も……っ」  高まった興奮と快感で頭が真っ白になるまで激しく抱き合い、同時に果てた。  部屋の中は身体を繋げあった熱気で溢れ、ただ激しく乱れたままの互いの息遣いだけが響いた。これまで経験したことのないほどの大きな絶頂。  ずっと好きで、焦がれ続けて、やっと互いの気持ちが通じた相手とのセックスはこんなにも心と身体を満たすのか──。

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