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第12話 ②

 それからどれくらい経ったのか。先に身体を起こしたのは哲平だった。  哲平の身体にも悠介の身体にも、どちらのものか分からないほどぐちゃぐちゃに混ざり合ったまだ温かな欲の果てがドロリと貼りついている。 「凄いな、これ」と苦笑いをした哲平に「……だな」と力なく返事を返した。 「シャワー浴びないと」 「うん」  哲平の言葉にそう返事をしたものの、身体がだるく起き上がる気になれない。 「……悠介?」  悠介を気遣うように優しく訊ねた哲平の腕を掴まえ、無理矢理抑えつけるようにして再び身体を密着させた。ぬるりとした感触があったが、そんなものはどうでもよかった。 「もう少しこのまま」  身体が離れがたかった。ただ、もう少しだけ、哲平と肌を合わせていたかった。  やっと通じた想いの余韻を、あと少しだけ感じていたい。 「じゃあ、あとで一緒にシャワー浴びよう」  そう言った哲平が、悠介の身体に腕をまわし、そっと額に口づけた。 「……好きだよ、悠介」  ──なんて、甘く幸せな響きだろう。  悠介は涙が出そうなほど甘く幸せな時間を哲平の腕の中で噛み締めた。  「俺……こんな感情、知らなかった」  哲平が悠介を腕に抱き寄せたまま呟くように言った。 「え?」  悠介が小さく首をかしげると、それに応えるように哲平が言葉を続けた。 「うまく言葉にするのは難しいけど……なんていうのかな。昔から悠介の顔見るだけで嬉しくて。笑ってくれたらもっと嬉しくて」  確かに幼い頃の哲平はそういう印象があった。  感情がストレートで、考えていることがすぐに顔に出るようなタイプで。自分と一緒にいるとやたら嬉しそうにしていた。 「そういうの、ずっと変わんなかった。悠介とまた会うようになって、やっぱ嬉しくて。会えないと寂しくて、どんどん気になって近づきたくて」 「……うん」 「悠介の気持ち知って、もちろん戸惑いみたいなのも少しはあったけど、それでも離れたくなくて。こんなこと言ったら悠介嫌がるかもれないけど、なんかほっとけなくて、守りたいなんて思うようになって。そのうち触れたいって思って、触れたらやたらドキドキして。こんなふうに繋がることできんの、死ぬほど幸せだってこと知らなかった」  白い歯を見せて笑った哲平の幸せそうな顔に悠介の胸の中に熱いものが込み上げる。  同じだ。悠介自身もそうだった。  哲平の顔を見るだけで嬉しくて。哲平が笑えばもっと嬉しくて。少しでも触れたらドキドキして、強く触れたら泣き出しそうに嬉しくて。  ──でも、それだけでは終わらなかった。  相変わらず真っ直ぐ過ぎるほど真っ直ぐな哲平に、益々惹かれていって、抑えていたものが全部溢れた。  諦めなくてよかった。捨て身でぶつかってよかった。  悠介の想いに真っ直ぐ向き合って、哲平は結果自分を選んでくれた。こんな夢みたいなことがあるだろうか。こんなに幸せなことがあるだろうか。  そんなことを思ったら、鼻の奥がつんとして涙が込み上げた。それに気づいた哲平が、悠介の涙をそっと指で掬い取る。 「もう。なんで、泣いてんの」 「……泣いてねぇし」 「嘘」  そう言った哲平が、今度は静かに悠介の頬を伝った涙を舐めた。 「な……」 「堪んないよ。こんなふうに、自分から誰かに触れたくて仕方ないって思うの初めてだ」  哲平のこういうところが好きだった。  思ったことを、恥ずかしげもなく堂々と言ってのける。 「なんなの、おまえ。そういうのよく恥ずかし気もなく……」 「恥ずかしくなんてないよ。本当のことだ」 「だから、そういうとこ──」  言おうとした言葉の続きは、哲平がチュと盛大なリップ音を立てて額に残したキスによってどこかへ吹き飛んでしまった。 「……ちょ、お」  昔から誰に対しても優しい男ではあったが、ここまで甘いのは若干の想定外だ。 「そろそろ、シャワーする? 俺、洗うよ、悠介の身体」 「は⁉」 「なんで。問題ないだろ?」 「……いいって。身体くらい自分で洗えるし」 「俺がしたいんだ。そしたら悠介のこと遠慮なく触れる」 「……触られたら、また変な気起きんだろ」 「そうなったら、何度でもシよう。風呂場なら汚れてもすぐに流せるし好都合じゃん」  爽やかな笑顔で、意外とえげつないことをいう哲平に、照れくさいやら恥ずかしいやらで、悠介はどうしていいか分からなくなってしまう。 「おまえ、なんか怖い」 「何が?」 「もっとそういうの淡泊な感じかと思ってた」  悠介がそう言うと、哲平が一瞬何かを考えるようにしてからふっと笑った。 「そうだな。こんなにシたいって思うのも、初めての感情だ」 「──っ」  哲平は、意外と人たらしなところがあるのかもしれない。  初めての感情、か。  哲平にとって、これから先自分に向けられるすべての感情が、初めてだったらいい。  その愛しさも、温かさも、切なさも何もかも──。 「──ああ、もうおまえってやつは、っ」  そんなふうに言われて嬉しくないわけがない。 「どうせ、またバカだって言うんだろ?」  言おうとした言葉を先読みされて、思わず口ごもる。 「悠介」 「何だよ」 「嬉しくないのかよ、俺に好きって言われて」  哲平が少し不貞腐れたように唇を尖らせながら訊ねた。けれど、その瞳の奥はどこか笑っていて、悠介を試しているのだということが分かる。 「俺が、嫌いになった?」  そう訊ねた哲平の目は相変わらず笑っている。 「──なるわけないだろ」  ずっと、好きだったのだ。  幼い頃からずっとずっと。  さっきからずっと哲平に好きだと言わせてばかりだったことに悠介は気が付いた。こんなふうに真っ直ぐ自分の気持ちをはっきりと示してくれる哲平に、自分は何も返せていない。 「好きだよ、哲平が。もう好きとかそんな軽い感じじゃ言い尽くせないんだよ、俺の場合は!」  照れくささのあまりぶっきらぼうに言葉を吐き出すと、哲平が悠介の額にそっと唇をつけてから、まっすぐに悠介を見つめた。 「おまえのいない人生なんて俺にとっては何の意味もない。それくらい、好きだ」  悠介にとって、それが精一杯の言葉だった。  陳腐に聞こえるかもしれないが、他に言葉を思いつかなかった。 「……俺もだよ」  哲平が悠介を力強く抱きしめた。  この腕の力強さも、匂いも、体温も、何もかもが愛おしい──。 「幸せに、するから。おまえから“普通”の人生奪った償いはする。俺を選んだこと後悔させないように、精一杯頑張るから──だから、これから先ずっと、俺の傍にいて欲しい」  それだけで十分だ。  ただ、そばにいてくれるだけでいい。 「償いとか、言うなよ。“普通”の人生って何だよ。結婚とか、子供とか……そういうのの事言ってんだろうけど、ちゃんとした形なんてなくたって、一番好きな人と一緒にいられることのほうが何倍だって価値がある」  そう言った哲平がそっと悠介の手を握った。  ようやく緩んだ哲平の手をそっとシーツの上置いて、悠介は静かにベッドを抜け出した。  そのままシャワーを浴びるつもりで、裸のまま浴室に向かってドアを閉めた。  適温になったシャワーを頭から浴びていると、どこか夢を見ているような頭が冴えてくるようだった。 「……夢じゃ、ないんだよな」  そう呟くのと同時に急に浴室のドアが開いて振り向くと、同じく裸のままの哲平が少し不貞腐れたような顔で「狡いじゃん」と呟いた。 「一緒に、って言ったのに」 「哲平、寝てたからだよ。結局起こしちゃったか」 「一緒に、いいだろ?」  そう訊ねた哲平が、悠介の返事を待たずに悠介の後ろから肩を抱いた。哲平の身体も次第にシャワーに濡れ、その濡れた身体を悠介に密着させるとそのまま首筋に唇を付けた。 「悠介、こっちむいて」  シャワーに打たれたまま、そっと唇を重ねた。  顔を打つ温かなお湯と、哲平のキス。その息苦しさで溺れてしまいそうになる。せっかくさっきまでの欲の跡を流したところだというのに、哲平に触れられた先からまた新たな欲が湧き上がって来る。 「ん、っ」 「悠介」  哲平の自分の名を呼ぶ甘い声に頭が痺れる。  あれだけ抱き合ったあとなのに、本当にどうしようもないと自分に呆れつつも、哲平のキスと愛撫を受け入れる。そのうち哲平がそのキスに焦れ、堪らないというように息を吐いて言った。 「なぁ、悠介」 「……ん?」 「お願いがあるんだけど」 「……なんだ、よ」  どうしようもないのはどうやら自分だけではなかったらしく、哲平が交わすキスの合間に悠介の耳元でそっ「……もっかい、シたい」と囁いた言葉に「俺も」と同じように囁き返して再び深く唇を重ねた。

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