「ハンソンさん、王様とリンドール様はどうして僕にそこまで目を掛けてくれるのでしょうか?」 やっぱり僕が『可哀想な子供』だから? 「さぁ何故でしょうね?ただセルジュは…俺の本が好きだと言ってくれましたよね…あぁ、お供にも選んでくれたんですね」 リュックの底から出てきた本に、ハンソンさんの肩が微かに震えた。 「この話の主人公のモデルになった方はリンドール様にとって、親友の様な、弟の様な、我が子の様な……特別な存在でしたから……セルジュが大ファンだと二人の物語を大切にしているのが嬉しかったのかもしれませんね」 『ホタル』は『運命の番』であるアルファとリンドール様と…そしてきっとハンソンさんも…皆にこんなに愛されている。 幸せなオメガに……大好きだった主人公に初めて嫉妬した。 大切な『ホタル』をこんな風に思ったら、リンドール様もハンソンさんも僕を嫌うだろうか? 背を向けたままのハンソンさんの表情は見えない。 「どうしてハンソンさんだったんですか?暇……だったんですか?」 小さい頃の『お願い』を覚えてくれていた……とか? 「これでも……ベータでこの歳で近衛騎士として仕えられるのは異例の出世なんですけどね……」 ハンソンさんの自嘲気味な笑いが聞こえる。 「あなたが俺に懐いてくれていた事と、アルファ嫌いのオメガだから……オメガはアルファの匂いに敏感ですからね。ベータの俺が選ばれました」 それはそうか……ハンソンさんが自分から僕の同行者を志願してくれる筈はないか…選ばれた…リンドール様がハンソンさんを選んでくれたのかな? 体を拭き終わり、用意していた服に着替えると、アイテムボックスを見てみたくて、ハンソンさんの横に座った。 「その辺の賊にやられる気はしませんが……アルファ相手なら……覚悟は決めておいて下さい。下級種のアルファでも…俺は君を守りきれない」 ハンソンさんは大きな手で僕の頭を撫でながら真剣な眼差しで諭す様にゆっくりと話し出した。 「昔……セルジュが保護されるきっかけにもなった大規模な捕り物に俺も関わっていました。闇の娼館、奴隷村から売られていったオメガの元へも向かいました」 特級種のアルファが奴隷村を検挙した事から厳しくなった取り締まり。 芋づる式に犯罪者のグループが捕まり、そこでオメガを買ったアルファも処罰され……世界は大きな混乱に陥ったが、帝国から派遣された上級種のアルファ達が鎮めてまわり……今はなんとか落ち着きを取り戻した。 「そこで俺は、地下牢に幽閉され食事も満足に与えられず、犯され出産させられ続けたオメガや、気に入ったオメガを大勢の者や魔獣に犯させ、それを見て喜ぶアルファ……オメガの体を傷つける事に喜びを感じ、逃げられぬ様にオメガの手足を切断したアルファもいた……そんな世界を見てきました」 まさかそんな酷いことを……と思ったけれど、真剣な瞳に冗談やただの脅しじゃ無い……ハンソンさんはいつも厳しい事実でも隠さずに教えてくれたじゃないか。 「旅を続ける以上、そう言う事に巻き込まれる可能性があると……それだけは理解して行動して下さい 」 理解していた事だが……ハンソンさんの鋭い目つきに今さらながらぞっとした。 「下級種のアルファになるほど番への執着は薄い……番以外と関係を持つ者や、特殊な性癖を満足させるために番以外にオメガを買う……番には出来ないが……飼い殺す為に」 僕の初めての客は僕の毛を見て、もっと綺麗なら奴隷村に行けたのにな、と嘲笑いながら僕を犯した。 アルファ好みの毛質のオメガは金持ちのアルファの為にお金と時間をかけ奴隷村で純潔を守り育てられると聞かされて……羨ましいと思った事さえ有った……無惨に散らされる為だけの純潔だったんだ。 僕たちは行為を潤滑に行う準備をされて……手荒い扱いを受ける事はほとんど無かった。 あんな場所でも……娼館はまだ『商品』として……守られていたんだ。 すっかり気分の落ち込んだ僕にハンソンさんは温めたミルクを渡してくれる。甘いヴァラーニュの実の香りがする。 「心構えとして少し脅してしまいましたが……冒険者なんてしている物好きなアルファは『彼』だけでしょう。外でアルファに出会うことはほぼ無いはずです。全力でお守りします……用心だけは忘れずに一緒に旅を楽しみましょう」 いつもの優しい笑顔に戻って頭を撫でてくれた。 「行きたいところ考えておいて下さいね。どこでも案内しますから」 アイテムボックスからフカフカの寝袋を取り出してハンソンさんは僕を寝かせてくれた。