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運命の番の話

ズキリと首の痛みが夢でなかった事を物語っていた。 僕は……見ず知らずのアルファに番にされてしまった。 ゆるゆると目を開くと……白い短い尻尾が揺れていた。 「……誰?」 「目が覚めた?良かった」 尻尾の主が振り返った。 花が綻ぶ様に笑うその笑顔には、縦に大きく傷跡が走っていた。 頭の上にある耳は半分から先が切り取られ、尻尾も途中で切られている。 毛の色はオメガにとって憧れの真っ白な毛色なのに……勿体無い。 「服……入るかな?」 このオメガも『アイテムボックス』を持っている様で、肩に掛けていた小さなバッグから洋服を取り出すと差し出した。 状況が分からないけど裸は落ち着かないのでありがたく受け取った。 「服、ぴったりみたいだね」 「あの……さっきのアルファは……?」 「ティオフィルさん?ティオフィルさんならハンソンさんとお話し中です」 オメガが指差す方を見ると……ハンソンさんが号泣しながら先程のアルファの腰にしがみついていた。 ハンソンさんの事だ、僕を宜しくお願いしますとか言ってるんだろう……それとも厄介払いが出来た喜びの涙だろうか? 首の痛み、転がる魔獣の死体……何一つ夢ではない。 ハンソンさんがオメガを傷付けて喜ぶアルファもいるって言っていたけれど……僕もこの人の様に扱われるのだろうか? 目の前のオメガの切られた耳を見る。 僕は大層な毛色ではないけれど……無くなっちゃえば良いと思ったけど……。 「あの……僕はどうなるんでしょうか?」 情けなさとこの先の未来に涙が溢れた。 「あっ…そんなに泣かないで?大丈夫、ティオフィルさんが居れば魔獣も寄ってこないから」 優しい手が頭を撫でてくれた。 泣いているのは魔獣が怖かったからではない。 その『ティオフィルさん』に番にされてしまった事だ。 心配そうにこちらを伺うオメガ。 その同行者であろう、アルファ。 なのに何故、僕を番に? 「あなた達は……一体何者なんですか?」 「あ……ごめんなさい……僕はマシロです。初めまして」 場違いに丁寧な自己紹介を受けた。 マシロ……マシロ? ティオフィル……まさか。 「『ホタル』と『フィル』ですか?」 マシロと名乗ったオメガは嬉しそうに笑った。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 特級種のアルファだから番を何人も持てるのか? 痛む首の傷に手を当てた。 幸せそうだと思っていた『運命の番』。 それは全てハンソンさんの脚色だったのかな? モデルだと言われる二人を前にして、大好きだった物語の印象がガラガラと音を立てて崩れていった。 マシロさんは恐ろしく空気が読めない様で、俺が物語を知っていると分かると、鞄から本を取り出していろいろと解説をしてくれた。 そんな呑気な場合では無いのに……ハンソンさんはまだアルファと話している。 今のうちに逃げ出そうとして、マシロさんに止められた。 「リンドールさんに手紙を書いているけどいつも送るだけで……ハンソンさんの本は手紙の返事を貰ったみたいで嬉しいんです。僕あんまり難しい言葉は分からないけど、ハンソンさんの本は一人でも読めるから……」 マシロさんは嬉しそうに笑った。 物語の中で書き手のハンソンさんの愛が溢れていた『ホタル』のモデル。 「そ…そうなんですね……」 チクチクと胸が痛む。 ああ……あの本は……マシロさんの為だけに書かれた物だったのか。 大好きだった本が……宝物だと思っていた物が急に他人の物になってしまったような喪失感に襲われた。 喉が圧迫された様に息苦しい。 マシロさんはじっと僕の手を見つめていた。 僅かに漏れる淡い光。 ずっと握りしめていたホタル石。 「ハンソンさんがセルジュ君の特別?」 マシロさんの真似をしてハンソンさんの瞳の色のホタル石を持っていたのだから、当然すぐにバレた。 「……おかしいですよね……オメガがベータに恋をするなんて……」 オメガはアルファとくっつくものだという世の中の常識。 「おかしいの?僕、ティオフィルさんに会うまでアルファとかベータとか知らなかったから分からないですけど……ハンソンさんもセルジュ君の事大切だって言ってましたよ?」 マシロさんの言葉に他意は無いのだろうが……好きな人の好きな人からそんな事を言われても嬉しくない。 「……それは無いですよ。フラれてますもん……」 どちらにせよ……僕はもうティオフィルさんの番にされた。 どんなに想ってもハンソンさんと結ばれる事はない。 「……僕のホタル石はこれ……」 マシロさんの手の上で光る青いホタル石。 嬉しそうな笑顔から番を心から愛しているのが分かる。 ……その番は僕を噛んで……浮気してるのに……。 「セルジュ君とは冒険者仲間だね。楽しもうね」 ホタル石を握りしめた上から手を握られて、向けられたマシロさんの笑顔。 ごめん、冒険者仲間じゃなくて…2番目の番なんです。 ……1番目の番がマシロさんで良かった苛められる事はなさそう。 触れられた手から暖かいものが流れ込んで来るような気がして…心が落ち着いていく。 初恋の終わりの筈なのに……心は何故か凪いでいた。

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