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予兆の話

『フィル』と『ホタル』の物語を辿るように、ハンソンさんとゆっくり旅を続けている。 青く光る洞窟。 天空に浮かぶ島。 噴き出す温泉。 初めて行った街で僕が絡まれてから、街を避けているので、グルメは堪能出来ていないけれど、見たこと無い景色を沢山見せてくれる。 一緒に感動して、一緒に驚いて、一緒に笑う。 ハンソンさんとの旅は楽しい。 保護施設にいた時にハンソンさんに聞かせて貰って想像を膨らませていた事が、一つずつ実際の思い出に変わっていく。 名物料理は食べられないけど、ハンソンさんが狩ってきてくれた獣を一緒に習いながら捌いて、料理する。 一緒に食べて、一緒に寝て……。 これって番と一緒だよね? ハンソンさんがいれば番なんてやっぱりいらない。 最近は特に…ハンソンさんを見ているとドキドキして苦しくなる。 ハンソンさんに触れたい。 ハンソンさんに触れられたい。 体がムズムズして落ち着かない。 店に来る客たちが大人になったら性欲が溜まって、定期的に性欲処理が必要なんだって言ってた。 ハンソンさんだってずっと僕といて性欲処理をしていない。きっと性欲が溜まっている筈。 これは商売じゃない……。 だって僕はハンソンさんの事好きだもん。 好きだからハンソンさんとしたい。 ハンソンさんの気持ちを寄越せなんて贅沢な事は言わない。 ハンソンさんは性欲処理として……僕を抱いてくれるだけで良い。 その日の夜。 「好きです……ハンソンさん……僕を抱いて……」 気持ちを抑えきれなくて……僕はついにハンソンさんを襲った。 店に来る客はヒートのオメガを抱くのは治療みたいなものだ、人助けなんだと笑っていた。 ヒートのフリをすれば優しいハンソンさんはきっと僕を助けるために抱いてくれる。 「ハンソンさん…僕、それなりに上手だって言われていたんですよ……」 戸惑うハンソンさんのズボンを寛がせ、ハンソンさんのモノを取り出すと…口へ含んだ。 「ほら……ハンソンさんだって溜まってた」 ハンソンさんは歯を食いしばり目を閉じているけど、もう軽く勃ち上がりかけていたソレは口へ含むとすぐに硬く勃ち上がった。 客に強要され……事務的にこなしていたそれがハンソンさん相手だとドキドキして……店の時は香油を使っていたけれど……そんなもの必要無いぐらい濡れてきたのが自分でもわかった。 自分の欲望を叶えようとズボンを下ろそうとして……ガッと手を掴まれた。 「……ッ!!駄目です!!セルジュの気持ちは寂しさからくるもので……君の番が現れるまで我慢してください!!もう番以外とこんな事をしてはいけません!!」 睨む様な鋭い目付き……怒ってる……他の男達はギラギラとした目で見てくるのに……どうしてハンソンさんは僕をそういう目で見てくれない? 「どうして番にならないと駄目なんですか……アルファがオメガを大切にしていない事をハンソンさんだって見てきたんでしょ?ベータとだってセックス出来るし子供だって作れる」 体の売買は禁止だけど、ベータに恋する事は禁止されていない筈だ。 「それでも……オメガはアルファと番になるのが一番幸せになれるからです」 頑なにハンソンさんは番の存在を押し付ける。 「ヒート中、アルファがその首に牙を立てる事で番として結ばれるのは知ってますね?ヒートの無いベータではアルファの番になれない、牙の無いベータではオメガの番にはなれない。アルファだけが、オメガをヒートの苦しみから救える唯一の存在なんです」 唯一って…何だよ……オメガは自由に恋愛をしちゃ駄目って事? 「ハンソンさんが抱いてくれれば良いだけでしょ!?ハンソンさんが側にいない時でも自分で抑えてみせます!!」 ハンソンさんはゆっくりと首を横に振った。 「ヒートの本当の怖さを知らないからです。『運命の番』とまではいかなくても、王様達の様に君が惹かれ合うアルファと出逢えるまで……その時後悔しないよう自分を大切にして下さい」 ヒートのフリをしていた事はバレていた。 優しく諭すような笑顔に怒りとも悲しみともいえない感情が沸き上がる。 「アルファなんて信じられない!!僕を抱きながら愛なんて1度も向けてくれなかった!!そんなアルファとくっ付けようとするハンソンさんも大嫌いだっ!!どうせ僕が汚いから触るのも嫌なんでしょ!!それならそうとはっきり言ってくれれば良かったんだ!!」 僕が嫌いなら嫌いだとはっきり言ってくれれば良い。自分が汚れているのなんて知ってる。 でも……僕の気持ちまで否定しないで……。 「セルジュッ!!」 立ち上がると僕は森の中へ逃げ出した。 森の中をでたらめに走る。 真っ直ぐ走ればハンソンさんにすぐ追い付かれてしまう。 走って……走って……もしかしたら……ハンソンさんは追いかけてきてくれてはいないのかもしれないと、ふと足を止めて振り返った。 逃げ出したけど……逃げたかったけど追いかけてきて欲しい……ハンソンさんが近付いてくる気配はない。 やっぱり……こんな僕なんて追いかけてきてくれる筈ないよね。 王様に言われて仕方なく一緒に居てくれただけなんだ。 それなのに勝手に好きになってしまった。 僕の気持ちはハンソンさんにとって迷惑でしかない。 取り出したホタル石を投げ捨てようと手を振り上げた。 ………………。 「出来ない……出来ないよ……ハンソンさんの事……ちゃんと好きだもん……」 声に出すと、堪えきれずにボロボロと涙が溢れた。 アルファが何だ、ベータだから何だって言うんだ……。 僕のこの気持ちは勘違いなんかじゃない。 例え目の前にアルファが現れたって変わらない。 僕が好きなのはハンソンさんだ。 ドクンッ!!! 体を大きく揺さぶられた様な衝撃に、僕の体は地面に崩れ落ちた。 「はぁ……はぁ……」 胸が騒ぎだし、息が上がる。 震える指先。 なにこれ……力……入らない。 ハンソンさん……ハンソンさん!! 怖いよ……助けて……。 力の入らない手でハンソンさんの瞳の色のホタル石を握りしめた。

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