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偽恋

獣人が人間のオメガを買う時というのは、大凡2つの理由がある。 1つは、人間のオメガを通して人間との繋がりを円滑にするため。その手段は様々で、相手に体を差し出させたり、使用人にしたり、人間と獣人の間に入り話の取次をしたりする事が多い。 そしてもう1つは、性欲の発散。獣人は動物的な面が極めて強いから、人間と比べて『理性』というものがあまり無い。我慢すればそれは過大なストレスとなり健康に影響を与えることになる。 そこで使われるのが人間だ。同じ人型とはいえ人間と獣人は異なる種族。例えアルファとオメガでも妊娠する確率は極めて低い。さらに人間は体が丈夫なため、発散相手にはちょうど良い訳だ。 ただし、その場合1つだけ絶対の決まりがある。 『獣人と人間、番う事は許されない。子は成してはならない。』 当たり前のようになっているその決まりは一体いつからあるのか、何故あるのか、それははっきりしていない。 一説には、互いの純血を守るためと言われている。要は、混血が増えて種族の血が薄れていくのを避けるための決まり。 アドルフの場合、オメガを買った理由は『性欲の発散』であった。 とある出来事から半引きこもり状態になったアドルフは、全てを面倒臭いと拒否した。その結果、体調不良と凶暴化を招き、見るに見かねた使用人のナギが提案したのだ。 そして無事にヒヨリを手にすることになり、これで問題解決かと思っていたのだが…。 「あのガキどこ行った!おい、ナギ!あいつを見なかったか!」 ヒヨリが屋敷に来て5日目。 アドルフは、朝っぱらから大声を撒き散らしながら屋敷中を歩き回っていた。 探している相手はもちろんオメガ。 黒猫の獣人で、この家に昔からずっと仕えているナギはパタパタとアドルフの元へ駆け寄った。 「何をそんなに騒いでいるのです?」 「あの野郎またやってくれた!今度は鼻先だ!寝てる間に鼻先にドッグフードを乗せやがった!」 ナギは思わず吹き出しそうになるのを堪えた。 そういえば前に野犬に餌をあげたいとかでねだってきた事があったっけ。その時の物をまさかこんな事に使うとは。 「可愛らしい悪戯じゃあありませんか」 「どこがだ?見つけたら今度こそ腕の骨をへし折ってやる」 怒りを露わにしながら再びオメガ探しに出たアドルフを見送る。 いつもより逆立った毛が新鮮に見えた。 「…大したものですねぇ。あの方が昼前に起きたのは久しぶりですよ」 すると、後ろからヒヨリが応えた。どうやら扉の陰に隠れていたらしい。 「そうなの?あの人本当にテイラー家の獣人?グウタラしてるね」 「アドルフ様にも色々とあるのですよ。それよりもヒヨリ、流石にドッグフードはおやめなさい。犬と一緒にされてはそりゃあお怒りにもなるでしょうよ」 「はぁい」 その気の抜けた返事に分かっていないなと思ったが、あのような主人の姿が見られて自分も多少は楽しめたから口煩く言う気にはなれなかった。 「そうだナギさん、お風呂入ってもいい?」 「今からですか?」 「ここに来てもう5日も経ったし、そろそろ抱いてもらおうかなって」 「ほう。それなら綺麗な服を出してあげましょう」 その言葉に『ありがとう!』と言うと、さっさと風呂場へ向かった。

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