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追憶

*** 初めての会話はあっちからだった。 「いらっしゃい。初めて見る顔ですね」 下町にある小さな飲み屋。興味本位で入ったそこでマホギは働いていた。 初対面にも関わらず微笑みかけてくるマホギは馴れ馴れしい奴だと思ったが、その時から確かに心は惹かれていた。 それからは何度も店に通ったものだ。 小さな体と細い腕でくるくると店内を走り回るマホギは可愛らしかった。当時家のことで忙しくしていた俺にとって、料理を運んでくる度に他愛もない話をしてくれるマホギは唯一の拠り所だった。 それから俺たちが深い関係になるのに時間はかからなかった。 愛し、愛され、未来を語った。 2人とも幸せだった。 「きっと俺たちは運命の番ってヤツだ。マホギも気づいてるだろ?」 「うん、気づいてた。初めてアドルフがお店に来た時からずっと」 「なら一緒になるべきだ。運命じゃなくてもきっと俺たちは惹かれ合ってた」 そう言うと複雑な表情を浮かべた。 「…そうだね、俺もそう思う。でも獣人と人間だ。それは許されない」 「そんなもの知るか。それで世の中から責められるんだったら誰もいないところに2人で行けばいい。金ならある」 「アドルフ…」 「お願いだ、俺と行こう」 その時の悲しそうに笑うマホギの顔が今でも忘れられない。 それから3日後、マホギは姿を消した。 店の人に話を聞けば、どうやらオメガとして買われたらしい。 どこに行ったのか分からない、何を考えていたのかも分からない。 そんな別れだったからなのか、今でも彼のことが忘れられないのだ。

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