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マがまがしい 01

「何があったか正直にお言いなさい」  アパート前で集合した巻さんは、相変わらず手を繋いだおれたちを眺めてから、ジト目で腕組みをした。  ちょっと気を抜くと、昨日のキスと『好きかも』的な言葉がぐるぐる、頭の中に再生される。あんな中途半端な告白まがいの言葉をもらったのは初めてで、その上男にあんなえろいことされたのも初めてで、もうなにがなんだかわからない。  そのパニックが功を奏したのか、一応盛った塩がよかったのか、風呂でも部屋でも最初の足首を掴んだ手以外は、目立った怪異は無かった。  巻さんの問いかけの主語を感じ取ってか、手を繋いだまま桑名さんが苦笑いした、気配がした。おれには地面のコンクリートしか見えない。 「なんもないよ。ちょっとキスしただけだよ。あと一緒に風呂入って一緒に寝て、朝寝ぼけてうっかりキスしたけど」 「ホモじゃん!? おいやめてくださいやがれ、別に偏見ないしイケメン確かにイケメンだけど、来週の合コンに桑名連れてくって言って女の子確保してるんですホモとかきいてないです!」 「知るか。ていうか合コンとか初耳だし行きませんので問題ないです」 「社内アイドルの癖にホモとか何なの宝の持ち腐れ! ていうか木ノ下ちゃんはどうなのこんな見るからにタラシ男にたらしこまれちゃっていいの!?」 「え。えー……やっぱり桑名さんってタラシなんです?」 「やっぱりって何。え、俺タラシっぽい?」 「……タラシっぽい」  いろいろ思い出して視線を外すと柔らかく笑われて、あーだめだめ桑名さんの笑い声好きなんだから笑うなばーかばーかって思ってたら、巻さんの冷たい視線に気が付いた。 「完全に出来あがっちゃってるじゃないの……なんなのもう、俺がシコシコお二人の為に各方面にご協力を仰ぎ、尚且つ床正座の刑に処されている間にホモカップルが出来上がってるとか、神様ひどいじゃないの……」  確かに。全然関係ない上に巻き込んでしまった巻さんには頭が上がらない。本当は桑名さんも全然関係ないんだけど、すっかり本人が当事者気分でいてくれているようなので、ありがたく巻き込まれてもらう決意が出来た。  ……さっき桑名さんは言わなかったけれど、結局風呂の中でもキスされたし。ほんのちょっとエロい事もされた。嫌なら嫌と言えば、桑名さんはやめてくれたと思うし、そこまで切羽詰まってる感じじゃなかったから、嫌がらなかったおれも悪いと思っている。  好きなのかな。そう言った顔はいつも通りの優しい桑名さんで、困った。  今も普通の顔して巻さんと喋ってる。でもおれとは手をつないだままで、どうなのこれ好きだからなの、それとも心配だからなのどっちよって思っちゃう。  ついでにおれ的にはどっちがイイのって問題だけど、どっちでも悪い気分じゃないというのがマジレスで、うん。……この恐怖体験が無かったら出会わなかった人なのに、恐怖体験さえなければもうちょっと真面目に考えられるのにと頭を抱えた。  桑名さんかっこいいし、優しいし、キスもうまいし、好きだけど。  一昨日出会った人といきなりホモになっちゃうってどうなのかなって思うから、うまいこと気持ちがまとまらない。ついでにアパートを目の前にすると、あの腐ったような匂いとか昨日一昨日の恐怖とかがぶり返してきて、本能的に足が震えた。  日が昇っていても怖い。普通に怖い。  早くもギブアップしそうなおれを連れて、まず桑名さんたちは二〇一号室に入った。 「つか、おまえんとこの寺って除霊できないんじゃなかったのか?」  カーテンを開けて窓を開けて換気しながら、桑名さんが巻さんに問いかける。巻さんはというと、キッチンの壁をがさごそ探っているようだった。 「んーあー、できねーよ? いや全部の宗派そうなのかしらねーけど少なくとも浄土真宗はできない。だって幽霊っていう概念がないから。そういう教えなの。人は死ぬと輪廻に入っちゃうから現世にとどまるものなんてないのよ。だからうちに相談にこられても、いや幽霊なんかいないんで気のせいですよっていう近所のおばさんレベルのアドバイスしかできないんですけれどー、まあ、実際問題こりゃやべーなっていう案件におばさんレベルの言葉で放置はできないじゃん。一応檀家さんだしさ」 「あーまぁ、そうかもなぁ」 「だからうちでは率先して紹介しないし相談ものりませんが、伝手が全くないというわけでもないわけで。それを聞き出すのに二時間、さらに連絡とるのに一時間ですよーまったくもうホモがホモしてる間に俺ってば偉いよねーまったく肉を奢られて然るべきだねー」 「……そこまで大したことしてないって」  ね? と言われて、ソウデスネとも言えずに視線を反らしたらなんか知らないけど頭をなでられた。今の萌えポイントだったんだろうか。なんだろう、恥ずかしい。よくわかんないけど恥ずかしい。 「おい俺の前でいちゃつくなこんちくしょう。イケメンは許すが桑名は許さねえ、あとちょっとこっち来い桑名だけでいいけど」 「なんだよ。うちの台所になんかあったか?」 「この冷蔵庫、お前のじゃないよな? 前の家の時もうちょっとボロかっただろ」 「ああ、うん。これ元々此処にあったやつ。前の住人の家具が結構置いてあってさ。まあ、俺もいらないから大半は処分してもらったんだけど、冷蔵庫は新品だったからそのまま貰った、筈」 「……じゃあこのお札の存在は知らない的なアレ?」 「お札?」  桑名さんがキッチンに行ってしまうと、おれは心許なくなる。あと、正直当事者なので、怖くてもちゃんと聞いとこうと思って、冷蔵庫の裏を覗き込む桑名さんと巻さんの後ろから、おれもひょっこりと覗きこんだ。  確かに、そこにはお札があった。  ――……ものすごい量の、めちゃくちゃに重ね張りされて、その上がつがつ釘に刺されている状態の、お札が。 「…………」 「…………」 「……たぶん、クローゼットにもあるんじゃね? あとアヤシイのは換気扇。たしか二〇二号室側にあった気がするから。うへえーすげえすげえ。大概言われた通り。霊能者って居るんだねー」 「言われた通りって、巻が昨日連絡取ったっていう、霊的な伝手の人?」 「そうそう。ちょっと電話で話しただけなんだけど、結構いろいろ教えてくれてさ。まあ、来てもらうってのはちょっと無理なんだそうだけど、とりあえずお守りは送ってくれるっていうから勝手にお願いしちゃったよ。どうよ巻ちゃん出来る子じゃね? 今日肉奢ってもらってもいいんじゃね? 木ノ下ちゃんはむしろ俺に惚れてもいいレベルじゃね?」 「肉は存分に奢るし一週間昼飯も奢るわマジえらい巻さん流石です。木ノ下くんはあげないけど」 「くそ。じゃあ木ノ下ちゃん、桑名合コンに連れてっていい?」 「え。……だめ」 「くそ! バカップルめ!」  悪態をつきながらも、それが口遊びだって分かるから巻さんはいい人だと思ったし、ちょっとびっくりしたような桑名さんに、だめなんだって言われて言葉に詰まったし、三人で居ると昨日よりは怖くない。  巻さんはお札探しをしながら、昨日電話で伝えられた話というものをしてくれた。 「霊能者さんさー、まーまー普通のおねーちゃんな声だったんだけど。なんか、場がやばそうって言ってたよ。要するに木ノ下ちゃんが何かしちゃったとか個人的にどうって話じゃなくて、部屋がやべえみたいなこと。それ大家が分かってるなら何かしら対処があるはずだから、やばい部屋と隣接してるところ調べろって」 「じゃあ、おれの部屋ってやっぱりそのー……なんか、そもそもやばい的なこと? 自殺があったとか、そういう?」 「いや、一応さらっと調べてみたんだけど、この辺で事故物件って無いんだよね。ここらに住んでる檀家さんとか結構知り合い多いし、うちの親父に確認したから間違いないと思うんだけどさ」  人が死んでないのに幽霊とか出るもんなんだろうか。  すっかり誰かが死んでいてその無念が、的な話だと思っていたおれは、首を傾げてしまう。オカルト関係にそんなに強くもない、と話していた桑名さんも眉を寄せていた。  その時おれの携帯が鳴った。  思わず隣の桑名さんの腕にすがってしまい、生ぬるい巻さんの視線を感じてハッとして、腕を離して着信の画面を見た。  そこに表示されていたのは、川端さんの名前だった。  そういえば、随分前に飲み会に誘われた時に登録していたような気もする。何度かメールが来たが筆不精できちんと返せず、顔を合わせた時に謝ったらさっくりと許してもらえ、それからは連絡も特になかった。  昨日の今日で、電話に出るのは勇気がいる。これは本当に川端さんからの電話だろうか、などと嫌な事を考えてしまう。でも、とりあえず今は頼りになる大人二人に囲まれているし、勇気振り絞って通話ボタンを押した。 「もしもし……?」 『あ、こんにちはーリエですー! 木ノ下先輩、今大丈夫でしたー?』 「え、うん。まあ、ちょっとなら」  オンナノコじゃーん、という巻さんの声が聞こえたし、それに対して通話中なんだから黙れと小突く桑名さんも見えたが、場所を変える勇気はない。今ひとりきりになるなんて自殺行為だ。  そう思って、申し訳ないがそのまま通話を続けた。  研究室になにか忘れ物でもしただろうか? と思いながら話していたが、何のことは無い、ただのゼミの飲み会の誘いだった。 「え、今日?」 『そうですー今日なんですー。急なんですけど、っていうか元々計画してたんですけどすっかり木ノ下先輩誘ったつもりでいてー。研究室の先輩方も来るんで、良かったらどうですか? 大体十五人くらいなんですけどー』 「ええと、ちょっと待ってね?」  通話を切らないまま二人に相談すると、驚いた事にむしろ行けと言われてしまった。 「え。でも」 「いや人がいっぱいいる場所なら安心じゃん。迎えは桑名っちが行けばいいし。行きも怖いなら桑名っちが同行するし。部屋調べたりなんだりするのは俺たちだけでも出来るしさ。一緒に調べるのも可哀そうだし、だからと言ってひとりにするのも酷だよなーって思ってたところにナイスタイミング飲み会。行っておいでー」  巻さんにひらひら、手を振られ、困って桑名さんを見るとやっぱり行っておいでと微笑まれた。 「まあ、そうだな、……こっち終わったら迎え行くから、ちょっと遊んできたらいいんじゃないかな。キミが居ない間に全力で調べておくし、不安なら二時間くらいで迎えに行くようにするし」 「……おれ、一緒に居たら邪魔ですか?」 「いや邪魔っていうか圧倒的に心配なだけ。全然邪魔じゃない。行きたくないなら勿論一緒に居てもいいけど、ただ結構しんどいとは思うよ。結局部屋放置してあるわけだし、中どうなってるかわかんないしさ」  まったくもって正論だ。  個人的には桑名さんの横を離れるのは不安だが、ずっと腕に抱きついているわけにもいかない。ちょっとした気分転換だと思うことにして、川端さんに行くよと返事をして通話を切った。 「飲み会どこ?」 「駅裏のアラタ屋です。六時から」 「おーけー。じゃあ、何も連絡がなければとりあえず八時に迎えに行くよ。木ノ下くんの電話繋がるかどうかアヤシイし、まあ、楽しくなっちゃってそのまま二次会コースに突入しますって場合は店先で追い払ってくれていいし」  お酒に飲まれて押し倒されちゃったりしないように、と耳元で囁かれて思わず熱が上がってしまった。 「そんな奇特なことするのたぶん桑名さんだけですよ……」 「そうかなぁ。オンナノコは結構本気で狙ってると思うけどね。木ノ下くんかっこいいし、かわいいし。まあ、俺がどうこう言える話じゃないんですが、個人的には霊的な意味とは別で心配っちゃ心配」 「行かない方がいい?」 「いやそこまで大人げなくはない。……楽しんでおいでよ。お酒も、たまに飲むと楽しいもんだよ。気分も華やかになるしね」  そういや着替えがないだろうから、俺の服着てく? と言われて、うっかり彼シャツ、とか思って赤面してしまった。そしてまた一連の流れを生ぬるい視線で眺めていた巻さんに『ホモめ』って言われてしまった。  ホモのつもりは毛頭ないんだけど。でも、桑名さんがナチュラルに甘いからつい、あーあーもう恥ずかしいっていう気分になる。 「じゃあ、お言葉に甘えて。ちょっと、出かけてきます」 「うん。行ってらっしゃい。木ノ下くんが帰ってくるまでにどうにか原因くらいは突き止められていたらいいなーと思っているけど、まあ、頑張ります」  こっちのことは気にしないで、と言われたけど勿論そんなのは無理だ。だっておれの部屋だし、なんだったら当事者はおれだし、巻さんも桑名さんもほとんど関係ない人だ。  でも確かにビビりまくるおれが一緒にいたところで、大して役に立たないだろう。だからと言ってひとりで待ってるのも嫌だし、巻さんの話は正論だ。  そういえば久しぶりに飲み会に顔を出す。教授が人気者なので、そういう会は比較的よく開かれるし、陽気な人間も案外多い研究室だけれど、おれはひとりで黙々と実験作業をしている方がどうも楽しい。  ビールも飲めないし、酒がおいしいとも思わない。  でもちょっと飲めるようになったら、桑名さんと晩酌できるのかなーと思ったし、まあ、オカルト好きな女の子達からの情報収集も兼ねてちょっと付き合って来ようと決意し、家を出たのは夕刻の事だ。

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