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ひざまくら(壬晴×要)
夏ももうそろそろ過ぎて、夏の残り香に秋の風がちらつく九月。
今日もここ、吉原は至って平和だ。
特にこれと言って変わったこともなく、毎日が過ぎていく。
昼見世が始まる正午過ぎ。
咲里 要は、吉原の中にある見世のひとつである『壬暁屋(みぎょうや)』の一室にて、ごろりと横になったまま、何度目になろうかといわんばかりの表情で欠伸を繰り返している。
変えたばかりだろうか?
鼻に届く井草の香りが心地いい。
白粉独特の甘さの残る香りも嫌いではないけれど、井草の方が落ち着く気がするのは何故だろう。
「ちょっと、要ちゃん。困るわよぅ・・もう、だらしがないんだからぁ」
呆れたように笑いながらそんな事を眼前で話すのは、お美也という名の遊女だ。
咲里が初めて大門を潜り、この店にふらりと入った頃からの古い付き合いである。
歳はそうそう変わらないのに、咲里よりも年上に見えるのは、きっと彼女が歩んだ日々がそうさせるのだろう。
実際、咲里よりも様々な事を知っていたし、また手玉に取っていた。
けらけらとよく笑う女で、細かいことは気にしない。危なっかしいといって、他の遊女と同様、咲里に箸の持ち方や三味線・お琴。書画や計算。字の読み書きに至るまで、彼が拙かった分野を学で埋めてくれた恩人のひとりでもある。
遊女というよりは姉と言った方が正しいのかもしれない。
姉の顔になって、自分に色んなことを教え、諭してくれるのも、ここに座るお美也で。
そのお美也も他の姉さん遊女と同じように、女の表情になって自分とは違う男と床を共にする。
声色を変えて強請り甘える仕草に惚れる男はいかほどなのか。
「・・・・そうはいったってね。お美也・・」
「・・ほんと・・要ちゃんくらいよ・・」
「・・・何が?」
「会いに来て、酒も飲まずに女も抱かない。・・・・要ちゃんなら、もっといい見世に通えるでしょうに・・」
「・・・・・・・」
「・・・それに、ほんとにわたしでいいの?姉さん遊女や他にも・・・」
「・・・・それ以上言うと・・その口。塞いでしまうよ。お美也」
「・・・・・・・」
着物の裾からちらりと覗いた足を見る。見上げるとお美也の困ったような笑顔と視線がぶつかった。
互いの鼻がすんと鳴る。咲里は静かに息を吸い吐くと瞳を細めた。
「・・・・俺はね。この見世が好きだし・・・・それに・・お前がいいんだ」
「・・・要ちゃん・・」
「・・・それとも、抱いてほしいの?」
その言葉に、お美也の首がふるふると左右に揺れる。だろうとおもったよ。とそれだけ言うと咲里はゆっくりと目を閉じた。
その横でかさかさと紙が擦れる音がする。
うっすらと目を開けると、ちょうど手紙を書こうとしているお美也の指が視界に入った。
「・・・・馴染みのお客さんにね・・」
「・・ああ・・」
相変わらずこの見世の遊女は皆、まめだと思う。
空いた時間に馴染みの客に手紙を綴り、想いと恋を唄にする。
この筆まめさがあってこその見世なんだろう。
そんな事を不意に思う。
「・・・要ちゃんにも・・いいかしら・・」
「・・・・・・私に手紙・・?・・書いてくれるのかい?ああ。すまないね・・それじゃ・・」
お美也と会って七日も過ぎた頃、咲里はあれから特に見世に通うこともなく。
顔見知りになった友人、圭一の部屋にてごろりと横になりながら小難しい本を手に取っていた。
相変わらず、何と書いてあるのかよく分からない。
くるりくるりと本を回しながら眺めていたのだが、だんだんと眠くなってしまい、それまで触れていた本を胸に置いた。
空けられている二階の窓からは、そよそよと心地の良い風が吹いてくる。
「・・・・・・・ふわぁぁぁあっっ・・んー・・・いい心地だなぁ・・・」
この部屋の主は生憎、午前の講義を受けに大学に行っていて留守なので、下宿屋の主人に許可を貰った上で、お邪魔しますと言いながら勝手に上がらせてもらったのだ。
埃ひとつ見当たらない小奇麗な部屋。生活感があまり感じられないこの部屋が、どうしてか咲里には心地が良かった。
しかし何でもいいが、いくら本しかない部屋とはいえ、鍵もかけずに出かけるとは何とも不用心な部屋の主である。
先日、建付けが悪く、だましだまし使っていた扉がとうとう壊れたと言って取り外し、家主に借りたという襖の横引き戸から、新しいドアノブのついた扉へと変更されたと聞いてはいたが、扉にはちゃんと鍵穴がついているはずなのに、肝心の部屋の鍵はというと、机の上に置きっぱなしになっている。
フウム。これは一度、防犯について説教をせねばならんなー・・まったくじつにけしからんことだよこれは・・と思っていた矢先、ガチャリと扉の開く音がした。
「・・・・ああ。おかえり」
「・・・・・・・・・・・・・」
本で顔を半分隠しながら、目の前で立つ圭一を見上げる。
穏やかに微笑む咲里とは逆に圭一の目は何処から見ても穏やかとは言えないままで。
「・・・・なんで、ここにいるんだよ・・お前は・・」
「・・なんでって、会いたかったからさ」
「・・・・・・・・・・・・・」
なんだそれはと言いたげな圭一の顔を横目に咲里がふふふと笑う。
それを見て、ふうとため息を吐きながら、圭一は買ったばかりの煎餅の入った紙包みをとさりと床に置いた。
それを見て咲里の表情が明るくなる。
「・・何?あっ!おせんべいだね!真六屋の!」
「ああ」
そう言いながら圭一は慣れた手つきで水がめに柄杓を突っ込むと、お茶を沸かすためにやかんに水を移し替えている。
その側には火のついていないかまどが見えた。
「・・・・・・・・・・・」
カシャカシャと藁の擦れる音がする。
ふーっふーっと規則正しく吹く呼吸の音が実に心地良い。
しゃがみ込むその背中も、その動作も見慣れているはずの光景なのに、いつ見てもくすぐったくて。どこか、こそばゆい気持ちになるのはどうしてなんだろうと思いつつも、咲里はあえて何も言わなかった。
すんすんと鼻を鳴らせば、醤油独自の香ばしい香りが袋から匂ってくる。
「何を買ったのか、見てもいいかい?」
「んー・・いいよ」
がばりと起き上がった咲里が、紙包みをかさかさとめくっている。袋が少し温かい。
その中には数枚のわれ煎餅がちょこんと包まれていた。
「・・・あれ?今日はわれ煎なのかい?いつもと種類が違う・・」
圭一の買う堅焼き煎餅は醤油が多い。
けれど今日に至ってはゴマや海苔、塩におかきと沢山の種類の煎餅が包まれていた。
おかきまであるとは珍しい。そう話す咲里の疑問に圭一が振り返った。
「ん?丸い煎餅もいいんだけどさ。われ煎の方が安いし、食べやすいんだよな―・・あと、量が多い!」
「ああ。それは確かに言えてる!」
「だろー!今日なんて何枚か余りがあってさ。二枚おまけしてもらったんだ。しかもさー。聞いてくれよ。いつも買ってくれるからってわざわざ煎餅を炙って入れてくれたんだよー」
そう言うと圭一は湯のみを取り出そうとまた背中を向けた。
やっぱりさー。お茶には煎餅とか漬物とか必要だよなー・・。今日は本当に良い日だよと言いながらコポコポとお茶を注ぐ音が微かに聞こえて、咲里は自然と頬を緩ませた。
何気ない会話。でも、それが何だか嬉しくて、くすぐったかったのだ。
「・・手紙?私にかい?すまないね。ありがとう」
「それはいいんだけど・・・なんで住所が俺の家なんだ?おかしいだろ・・?」
「・・ああ。私の家はちょっと訳ありでね。いろいろと・・厳しいんだ・・」
「・・・ふーん・・まぁ・・いいけど・・」
そう言いながら圭一がぱりぱりと煎餅をかじっている。煎餅をかじる友の顔は本当に幸せそうで、始終ニコニコと微笑んでいる。その顔を見たいが為に何度煎餅を届けようと思ったことか。
・・でもきっと、君は受け取ってはくれないだろう・・。
・・・それに、君を見る私の想いに君がきっと気づく日も来ないかもしれない・・。
・・それでもいいと思ってしまうのだから、これは意外にも重症かもしれないよ。
咲里は胸に疼く想いを、こくんと知られぬように飲み込んだ。
「・・ん?」
「・・何でもないよ」
「・・んー・・ほっか・・ほっか・・」
「・・・お美也からの催促と・・・壬晴(みはる)さん・・・?・・・」
圭一から渡された手紙の束を見る。定期的に何処からか自分宛てに文が届くようになったのは、今に始まった事では無くて。
今までは遊女からの手紙は、見世の禿(かむろ)にこっそりと届けてもらっていたのだが、ここの住所と部屋の番号を借りる事で今までのようなひっそりこっそりとしたやり取りではなく、堂々と手紙が束になって届くようになった。
今回の文もそうである。
吉原にある中見世のひとつ。
壬暁屋の楼主を務める壬晴(みはる)は、黒々とした癖のない髪を垂らしたちょっと風変わりな青年で、見た目は咲里とあまり変わらないのに、どこか妖艶でぞくりとするような風格を漂わせている。
この容貌で咲里よりもかなり歳は上だというのだから、まったくもって笑えない話である。
その楼主が咲里の一体どこを気に入ったのか。
ばったりと見世の一階で顔を合わせた際、咲里の顔を見るなり
「ふむ。君はー・・君自身が好きではないのかもしれないが、私は君が嫌いではないよ」
そう言って、蛇のようにニヤリと不気味な笑みを浮かべながら、軽快な足取りで去って行ってしまった。口から赤く長い舌がちろりと飛び出しそうな雰囲気の彼を見送りつつ、ぶるりと背筋が凍ったのも、また事実ではある。
事実ではあるのだが、咲里自身も妖艶で摩訶不思議なこの楼主の事は、けして嫌いではなかった。
いつも去り際に「ああ。咲里くん。また来ておくれよ」と言って、にこにこ笑いながら一階の入り口まで何故か見送りに来てくれる。かと思いきや、遊女からの手紙に混ざって「君がいないこの見世は何とものどかで退屈でしようがない。金はいいから、遊女ではなく私に会いに来てくれはしないだろうか」という何とも奇妙な恋文を寄越してくれたりもする。
実に読めない人なのだ。
「・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・?」
手紙を前にしてよほど変な顔をしていたのだろう。煎餅を口に含みながら眼前に座る圭一が首を傾げている。
顔の前に疑問符を浮かべながら、ん?と言いたげなその表情の彼に、咲里は「何でもないよ」と微笑み、「さて私もひとつ。頂こうかな」と、適当に袋の中から割れ煎のかけらをひとつ。口にほおり込むことにしたのである。
手紙を受け取った次の日。
お美也からの手紙を持って、昼見世の時間に壬暁屋に足を運んだ時も、壬晴は咲里の顔を見るなり、やあやあと言って軽く手を振ってくれた。その様に一礼しつつ、見世番の者にお美也の事を尋ねれば彼女は只今、別の客を取っている最中だという。
咲里は首筋を軽く摩りながら、顔馴染みになった見世番の男を見た。
ふくよかな体格と温和な性格が特徴の男で、何故だか咲里には良くしてくれる。
・・まあ、それも自分の懐事情に加えて後ろに潜む家柄がそうさせるのかもしれないが・・・。
その男が心底申し訳ないといった表情で、両手をこすり合わせながら咲里を見ている。
「ああ。そうなのか。そりゃあ、間の悪い時に来てしまったな。すまない」
「・・・申し訳ございません。咲里様。他の遊女は如何でしょうか?」
「ふうん。そうだなぁ・・でも皆、夜見世に備えているんだろう?何だか悪いよ」
「いいえいいえ!何をおっしゃいますか!咲里様が相手だと知るや、どの遊女もこぞって我先にと飛び出しますよ」
「・・・いや・・それは大げさだよ。というか、そこまで大げさにしないでおくれ。頼むよ」
「・・・そうですな・・それではー・・」
「私ではどうかね?」
見世番の男の声を遮るように、後ろから近づいて来る影ひとつ。
その声の主に面食らったのは咲里だけではなかった。
「なっ・・・!大旦那様!」
「・・・・・・・え?」
「ちょうど話し相手が欲しいと思っていたんだ。私では・・不足かな?」
「いっ・・いいえいいえ!」
そう言って首を振る咲里の横で、見世番の男も同じように両手と首を左右に動かしている。
「では、決まりだね。では、行こうか。要くん」
「・・・はっ・・はあ・・」
「ああそうだ。後で酒を頼むよ。彼とふたりっきりで飲みたいんだ」
「はっはいっ!今すぐっ!」
ぴんと背筋を正しつつ、上ずった声をそのままに、見世番の男が大慌てで駆けていく。
彼が走る度にどったんどったんと床が揺れるのを眺めていた咲里の腰に不意に触れる者がおり、腰から背中。背中から腰へと、さわさわと触れる柔らかな手つきにびくんと彼の背中が跳ね上がった。
「ふっ・・・ふぇえっ・・!?」
「ああ、やっぱり、君の和服姿はやはり絵になるなぁ・・それにしても・・その声・・」
くつくつと困ったように楼主が笑う。その顔に咲里の頬が、かあっと赤くなった。
「ちょっ!!壬晴さん!」
「ああ。いいなぁ・・その響き。・・・・・ずっと、聞いていたいね」
ふうっと息を吐きながら、そう耳元で囁かれた瞬間、かあっと熱くなり、湯が噴き出す寸前の土瓶のように全身を駆け上がっていく。
ふうと息を吐く間も与えられぬまま、ぴちゃりと湿る水音とざらりと舐める舌の感触が同時に耳の奥底まで響き、咲里は声にならない叫び声を上げながら楼主を見た。
「ひっ・・ひいいっつつ!!!!!??????」
「ふふふふ・・・君はほんとうに、私を楽しませてくれる。だいすきだよ」
「・・・いっ・・!?」
「・・・おや?聞こえなかった?・・・だぁいすきって、言ったんだよ・・?」
語尾をわざと言い伸ばして息を吹きかけながら耳元で囁くその声に、抵抗できぬまま少女のように、かあっと咲里の頬が上気していく。
「・・・・くくく・・・かあいいなあ・・」
そう言って、何かを堪える様にくつくつと笑いながら、壬晴はふらふらになった咲里の肩を抱くように、部屋へと連れて行ったのである。
「・・・金は要らないって・・・正気ですか・・旦那さん」
「ああ。そもそも私は遊女ではないからね。構わないよ。」
壬晴の自室に案内され、生気を吸われた咲里が、ぐたりとした腕をそのままにひじ掛けに凭れ掛かり、その前では壬晴が用意された酒を手酌でくいっと飲み干している。
その様を横目で見ながら咲里は思った。
・・・相変わらず、このお方は趣味が悪い。それに酒も強い。
いつもいつも何かしらにつけて自分をからかおうと、あらゆる手を使ってくる。
その手には乗らないようにと、毎回気をつけてはいるのだけれどー・・・どうもうまくいかない。
「・・・・・・・・・・・」
「そのように拗ねた顔をされてもね。誘っているようにしか見えないよ」
「・・・・・・・・・・・・」
「そういう表情は、私だけにしてほしいね」
「・・・?・・何故ですか?」
「・・・何故って、分からないのかね?」
「・・・・・・・・?・・・私は・・女ではないから襲われませんよ?」
「・・・・本当に君は・・そう思っているのかね・・?」
「・・・・え・・?」
至近距離で飲んでいた壬晴の指が、ふっと咲里の顎へと伸びる。そうして、無理矢理扇子で顎を上に向かせるような手つきで、咲里の顎をくいっと持ち上げた。
「・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
咲里の顔からは壬晴の見下ろすような目が見える。
彼を見ている自分は、恐らく上目遣いで相手を見ているのだろう。
読めない感情が、ねっとりとまとわりつくかのように、互いの視線を交錯する。
「・・・・・・・・」
「・・・君はー・・自分は襲われないと言ったがね。要くん」
「・・・ええ」
「・・・世の中には・・私のように両刀を好み使う者もいるのだよ。覚えておきたまえ」
「・・・・・・・貴方は・・やりませんよ」
「おや?何故、そう思うのかね?」
・・・何故?おかしなことを聞くと思った。だってこのひとはー・・・。
「あなたは・・本当に大事だと思うものは、最後まで手をださないでしょう?」
違うのですか、と言葉に出さずに黒髪の君を見た。
その瞬間、壬晴の目が大きく見開かれ、そうして何かを喜ぶように目を細めると、どちらが先とも言わぬまま、互いの唇を求めるように近づいた。
「・・・・・・ん・・・・・・・・」
「・・・・・・・ふぁ・・・」
互いの呼吸と重なるように、ぴちゃぴちゃと響く水音が、じんじんと脳内を刺激していく。
ぬるんとした舌を絡ませながら、眼前にいる彼の手がするりと咲里の着物の中へと滑りこんだ。
帯から下はけして触れないその手が、襦袢の布を弄るように何度も近づいては離れる行為を繰り返し、その指に呼応するようにピンと尖った胸の先を探り当てた。
その胸の先をちくちくと啄むように指が何度も動き始める。
「・・んっ・・ぅ・・」
指が触れる度に、自然と体をよじろうとするものの、くねくねと腰が動くだけで逃れることが出来ない。その度に、くすり。と水音に混ざって笑う吐息が漏れる。
その度に壬晴の首筋から香る甘い香の残り香が咲里の鼻をくすぐった。
「・・・・んっ・・・やぁ・・」
「・・・いや?・・でも君のここは・・・そうでもなさそうだよ。要くん」
ふふんと鼻で笑う声が聞こえる。肌を撫でる手の動きは止まりそうもなく、さわさわと布越しに伝わる緩い刺激がもどかしい。
「・・んっ・・そっ・・やぁ・・っ・・・」
咲里の上擦ったその声に、壬晴の鼻がくすりと笑う。
「・・・・・ん・・・」
「・・・・・・」
一度、離されたはずの唇は、何処からともなく近づいて。
「・・・・・・・・んっ・・・・」
「・・・・っ・・・」
ぴちゃぴちゃと絡まる水音が互いの熱を求めるように動き、それに重ねるように咲里の舌が何度もちゅうっと吸われていく。
「・・・・・・んっ・・・」
上唇と下唇を交互に吸われる度に、背中の芯が甘く疼いた。
「・・・ん・・ぁ・・・」
ちゅうぅっと一際高い音を立てて不意に離される唇。
離された唇が寂しくて、咲里の指が無意識に彼の腕を掴んでしまう。
唇をだらしなく開けたまま、とろんとした眼をそのままに、こちらを見上げる顔がある。
その顔を見下しながら、左手で金色に光る髪を何度も梳いていく。透き通る髪はふわふわと柔らかく、まるで女子のようだった。
壬晴の髪を梳く指が心地良いのか、目を閉じて頬を上気させる咲里の表情が艶っぽい。
とろけるような表情を眺めつつ、右の指を咲里の口内にゆっくりと運ぶ壬晴の表情も、どこが艶っぽく、その表情を見上げる咲里の胸がずくんと疼いた。
「・・・んぅ・・」
女性と見紛う容姿の彼が、とろんとした眼をそのままに、伸ばされた指を口に含むと
はふはふと息を吐きながら、指の隙間を舌で這うように舐めとっていく。
舌特有の柔らかな感触が心地良く、熱に浮かされた様な表情で夢中になって舐める咲里の様を眺めながら、壬晴は髪を撫でるその指で首筋を優しくなぞった。
「・・・・うん。・・いいこだ・・」
「・・・・んっ・・・んぁ・・」
ぴちゃぴちゃと爪の先まで舐めるその舌の動きが、どこかぎこちない。
一本ずつ丁寧に舐めたかと思いきや、壬晴が髪を撫でる度に咲里の肩がビクリと動き、髪を梳く感触に誘われるように、舌先でちろちろと舐めていた指を三本。奥まで咥えると、んっ。んっ。と夢中で顔を上下に動かしはじめた。
じゅぽじゅぽと淫猥な水音だけが微かに響く室内で、たっぷりと含まれた唾液の蜜と、とろんととろけるような柔らかな舌の動きが、少しずつ早くなってくる。
ちゅううっと吸われた指先が甘く痺れて、まるで咲里が自分の誇張した腰間の先を咥えて吸い上げているかのような錯覚に壬晴の芯がじんわりと痺れていった。
時折、指をくわえたまま、腰をくねらせつつも恍惚とした表情で見上げる顔が艶めかしい。
その表情に満足にも似た快感を覚えつつも、壬晴の指は帯より下には向かわなかった。
「・・・・ふぁ・・ぁん・・」
くすり。・・そう笑うような息が耳元で聞こえた気もするが、生憎と今の咲里にはそれに抗う余裕がなかった。
酒に酔ったわけではない。酔ったわけでもないのに、頭の芯がぼんやりと痺れて、ただ何かを求めるように口が動いて止まりそうになかった。
どこかでこれはおかしいと警鐘が耳元でガンガンと鳴り響いているというのに、この男の前でだけはその警鐘さえも甘い毒に変化するようで。
髪を撫でる壬晴の優しい手つきに咲里は、ただ静かに目を閉じた。
「・・・・刺激的な時間だったね・・要くん・・・」
「・・・・・・・・・」
「そう怒るものではないよ・・」
「・・・・・・貴方は・・いつも意地悪です・・」
くつくつくつと笑う声が顔の上から聞こえてくる。壬晴の膝の上に寝転がりながら、咲里はぷくっと膨らませた頬をそのままに、拗ねるような目で彼を見上げている。
そう、あれから特に何が続くわけでもなく、もう一度唇を壬晴の方から重ねてきたかと思えば、舌が絡まる前にその唇が離れてしまったのだ。
そこで初めて、無意識とはいえ自分が何をしていたのかを知り、カッと頬が熱くなった。
そんな彼に動じる様子もなく、ぽんぽんと膝を叩きながら微笑む壬晴に誘われて、何故か膝枕をされるはめになってしまったのだ。未だに火照ったままでいるこの身体が恥ずかしい。
「・・・・・」
「そんな表情をしても、そそるだけなのだがね」
「・・・・・・・」
「・・・ふふふ」
「・・もう、笑わないでくださいよ。なんだってあんな・・」
「ああ。それはね。君があまりにも可愛かったからだよ。要くん」
「・・・・・」
「・・それにしても、君が私のものを求める時の顔は、実に刺激的で、たまらないものがあったよ」
「・・・・・うう・・」
「・・・・あのまま、私のものを咥えてもらっても良かったのだが、あの顔を先に見てしまうとね。・・どうにも離し難く、また果てる気がしなくてね」
「・・・・・・・うぐぐ・・」
「・・それにしても・・・キミのはまだ・・治まる気配がなさそうだ・・」
壬晴の視線が自分の帯の先へと向かう。その視線から逃れるように咲里が彼を見た。
「・・・・・・誰のせいだと思っているんですか・・誰のっ!」
うううっーっ!!!と声にならない声を上げながら、咲里がガバリと起き上がった。
その瞬間に、すべらかな肌が伸びて咲里の後ろ髪を引き寄せた‥かと思いきや、そのままぺろりと唇を舐め、それを合図とするかのように互いの舌が絡まっていく。
途端に、ぴちゃぴちゃと漏れる水音に重なるように、ふっ・・うぅん・・と咲里の唇から甘い音が漏れていく。その様を笑うように壬晴が唇を一度離すと、首筋を這うように舌を動かした。れろれろと舐めつつも時折、ちゅうっと痕をつけるように力強く肌を吸われ、その舌の動きにびくんと揺れながら、咲里の口からは甘い声が自然と零れていく。
くすくすと笑いながら、壬晴の唇が咲里の耳を何度も口づける。その度にちゅっちゅっと啄む音が耳元をくすぐった。
「・・・ゃあ・・・ん・・・」
「・・・苦しいんだろう?我慢しないで、吐き出しなさい」
耳元をぴちゃぴちゃと舐められながら、時折囁かれる低い声に。
今まで一度たりとて触れようとしなかった帯の下をするりと這う腕に。
咲里の腰がびくりと一瞬跳ね上がり、その刺激に抗おうとしたものの、空いている手でがっちりと腰を掴まれてしまい、どうにも身動きが取れないままだ。
ぴちゃぴちゃと舐める淫猥な響きと、熱い舌が耳の中を弄ると同時に、腰間の中で誇張するその先はしっかりと壬晴の手で押さえられてしまっている。
ゆっくりと摩るように触れるその手の熱にびくりと体を震わせ、首をいやいやと左右に振りながら何かを懇願するように咲里が壬晴を見た。
透き通るような彼の青色の瞳が、涙で潤んでいる。
「・・・・・ほんとうに、きみはかわいいね。かなめくん」
「・・・んぁっ・・んんっ・・」
するりと絹擦れの音がする。その度に足で避けようとするものの、どうにも力が入らない。
甘く漏れた蜜をそのままに、熱い指が咲里の先端に触れる。その度にくちゅくちゅと淫猥な音が微かに響き、その音に反応するかのように咲里の背中がびくりと震えた。
「・・・んっ・・・ふっんっ・・・んっ・・」
何かに耐えるように弱々しい声が口から洩れる。その度に、ふふふっ。とどこか楽しげな声が聞こえるも、それに抗う余裕はなく、室内に粘着質独自の音が微かに響いた。
「・・・・っ・・んっ・・・」
ゆるゆると誇張した先を手のひらで擦るように触れられ、とろりと垂れた蜜で滑りが良くなったせいか、壬晴の指で上下に優しく擦られる度に、自身の先が誇張し反り立っていくのを感じながら、咲里は何とも言えない感情に捕らわれていた。
一瞬。ふと、走馬灯のように過る何かがあった。
「・・・・・?」
己でさえも忘れたいと思っていたはずの何か。
―・・・彼は、どちらの味も知らないわけではなかったのだ。
その瞬間。背筋をぞくりとする何かが滑り落ち、彼は無意識に目を見開いた。
「・・・・・・・・」
びくりと揺れるまつ毛の震えと過去を想う双眸を、見逃さなかった者がいた。
―壬晴だ。
「・・んっ・・」
反り立った雄に触れる指先が段々と速さを増してくる。
その度にビクビクと身体を震わせながら、眉を顰めた咲里が果てそうになった瞬間、壬晴は先ほどまで扱くように触れていた雄の手を緩めてしまった。
「・・・っ・・」
惜しみなく与えられていたはずの快楽の波がスッと引き、当然与えられるだろうと思っていたその果てを待つ咲里の頭の中が一瞬、困惑の色に染まっていく。
それを知ってかそうでないのか。壬晴の手は屹立した雄には触れず、柔らかな内腿をさわさわと撫でるだけだ。
内腿を優しく撫でられる度に、びくりと背を震わせながら、ぶるぶると震える指もそのままに、しがみつく咲里の腕がぴったりと壬晴の首に張り付いている。
壬晴の手が背中を撫でる度に、びくびくと揺れる咲里の熱っぽい吐息が首筋に何度も触れた。
「・・・・って・・・・」
「・・・うん?」
「・・おねがっ・・触っ・・て」
「・・・・・・・」
「・・・おねがっ・・」
首筋に埋めていた咲里の顔がふっと上がる。
半開きになった唇をそのままに、透明な艶を帯びた藍色の瞳が涙で潤んでいた。
その目元に優しく唇を落しながら、壬晴は咲里の瞳を、奥に潜む内面の何処かを探るかのようにジッと見据えている。
そうして首筋に回されていた彼の腕を優しく解くと、咲里の手の甲に自身の手を重ね、先ほどまで執拗に触れていた咲里自身の屹立した雄に手を当てがったのである
「・・・・っ・・」
「・・・果てたいのだろう?自分で触ってみなさい」
「・・・っ・・やっ・・」
壬晴の優しさを含んだ声色にビクンと咲里の身体が強張っていく。
懇願するように、いやいやと首を振る咲里の目に怯えの闇が微かに浮かんだ。
「・・しなさい」
「・・・・ひっ・・」
怯えの色を浮かべたまま、その手を振り払おうと動かした咲里の動きを封じるかのように、手の甲に重なったままの壬晴の手の平は微動だにしないままだった。
「・・・・・・っ・・」
重ねられた自身の手と腕の震えを抑えられないまま、咲里の手が自身の誇張した先へと近付いて行く。屹立した先へと触れた瞬間、薄く閉じられた双眸からほろほろと数滴の涙が伝い落ちて行った。
「・・・っ・・」
自身の手の甲に壬晴の手の平の熱がじんわりと広がっていく。
「・・・んあっ・・・はぁ・・っ」
重ね置いた手がゆっくりと咲里の屹立に触れる、と同時に尖端から零れ落ちた蜜を掬い上げるような動作で手が上下に揺れ、ゆるゆるとした動作で律動を速めて行く。
眉を若干顰めながら、半開きになったままの唇から漏れる吐息が段々と熱を帯び、無意識に漏らす彼の声は律動に合わせるように甘いものへと変化していった。
「・・・悪くない」
その様を見る壬晴の指が、咲里の帯へと伸びて行く。
しゅるりと解かれる衣擦れの音が甘い吐息と混ざったように溶けおちて行った。
先程からの戯れで緩んでいた着物の隙間から覗く肌がしっとりと汗ばんでいる。壬晴は咲里の吐息交じりの甘い嬌声を耳にしながら、緩んだ着物の襟元へと手を滑らせた。
「・・んっ・・」と身体をびくりと揺らす咲里の頬が先ほどより赤く、うっすらと紅色に染まっている。
襦袢の綿で擦れたのか、ピンと尖ったままの胸の突起の先端を爪でカリカリと引っ掻くと同時に咲里の肩がびくりと揺れた。指でコロコロと転がすように弄ぶと咲里の眉が段々と歪んでいく。
それは何かに耐えているかのような表情だった。
「・・上手くいかないのか?・・」
「・・っ・・」
うっすらと瞳を開けた咲里の瞳が、何かを訴えるかのように弱く、潤んだ。
「・・・・・い・・って・・」
「・・うん?」
「・・お願い・・ぅ・・吸っ・・て・・せて」
咲里の足が何かを堪える様にクネクネと前後左右に動いて行く。
動く度に緩んだ着物がずり落ち、彼の白い鎖骨が露わになった。
「・・・・」
その瞬間。胸の突起を弄んでいた壬晴の指が、咲里の雄に吸い付くように近づき、指から奪った。恐らく何度も果てたのだろうその場所からは白い蜜が滴り落ちていく。
甘い花の香りにも似た芳香が鼻を擽り、ぐちゅぐちゅと淫猥な音を一層高く響かせながら、一定の動作を緩めることなく動かし続け、その動きに翻弄されるがまま、咲里の腰がゆっくりと動いて行く。
「・・・・・・・・・っ・・」
自然と立った足の指は畳を何度も擦り上げ、無意識に咲里の唇が壬晴の首筋に吸い付くと、
壬晴の腕が咲里の腰を軽く抱き寄せた。
舌で何度も首筋を舐める様を気にする風もなく、壬晴の指が尖端の蜜を絞るように擦りあげると、その指に反応を返すように、咲里の腰が自然と動きを増していく。
淫猥な水音と滑る律動に酔いしれるように、甘く香る嬌声は時折、吐息と混ざり、緩く、時には激しく。達しそうになるかと思いきや、その寸前で止まる腕に翻弄され、幾度となく繰り返される熱に揺さぶられながら、咲里は一際高い声を上げながらしがみつくしかなかったのだ。
「・・・・・・・・・・・・・・・」
ぐったりと気怠い疲労が全身を覆っていく。あのあと、一度では満足しなかった壬晴が数回、咲里のものを手淫で弄んだのは言うまでもない。
「・・・そんなに私の指は、心地が良かったのかな?」
くすくすと手酌で酒を口にしながら、壬晴が膝の上に寝転がる咲里を見ている。
「・・・・・・・貴方は・・平気なんですか・・?」
まさか同じ男の手で絶頂を迎えるとは想像もしていなかった。
さすがは楼主。というほかなく、しかも遊女の誰よりも気持ちが良かったなんて・・口が裂けても言えない感情である。
悔しいのか恥ずかしいのか、自分でもよく分からない感情の中に不意に生まれる疑問を隠すことなく頭上の君に問うと、「ふむ」と言いたげな表情で眼前にいる彼は、その問いに注いだ酒をくいっと飲み干した。
「そうだねぇ・・・何度か熱を帯びそうにはなったけれど、ここで我慢しないとと思って、耐えることにしたのだよ」
「・・・・・?・・・何故―・・・ふぐっ」
何故ですか。と言いかけた咲里の口を、ゆっくりと壬晴の指がなぞっていく。
その指が、咲里の髪へと伸びて・・。
「・・・それはね。君、聞くだけ野暮というものだよ」
その声に。嗚呼、やっぱりこの人には敵わない。
そんな声を喉の奥へと飲み干しながら、咲里は髪を梳く壬晴の指の心地良さを確かめるようにゆっくりと目を閉じた。
<終>
あとがきのようなもの
別の場所に投稿した物を再度、引っ張り出して加筆を加えてみました。
並べて投稿していますので、もし良かったら違いを楽しんでみて下さいませ。
・・・・・・・少しは艶も増していると良いのですが・・。
読んで下さるあなた様に、少しでも喜んで頂けますように。
少しでも胸が高鳴る時間をお過ごしいただけますように、これからも精進したいと思います。また機会がございましたら、覗きに来てみてやってください。
読んで下さってありがとうございました。ではまた次回にっ!
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