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「そうだなぁ・・・俺はやっぱり・・・煮物定食かなぁ・・」
「君。先日もそれ食べたじゃないか」
「・・・そうか?先日はサバの煮つけだったろう?」
「・・・・ほんとうに君は・・・いや。いいんだ」
「なんだよ?はっきり言ってくれ」
「気を悪くしたらすまない。本当に和食が好きなのだと思って」
そう言って橋谷は笑うと注文係の女性に「オムレツライスをひとつ。」と告げた。
「君は何にする?煮物定食でいいのかい?」
「・・・いや・・そうだなぁ・・・。ぶりの煮つけ定食にしてくれ」
そう言いながら圭一は懐に忍ばせていた財布を取り出した。
「またそれか・・・君は本当に魚が好きなのだなぁ。たまには肉も食べればいいのに」
そう言って困ったように笑うと注文係の人にメニューを告げ、二枚の券を圭一に手渡しながら斎藤の席へと急いで向かって行った。
「なんだい?ご機嫌斜めだねえ」
そう言って蛇女がにやにやと笑っている。圭一は小声で「うるさいよ」というとぷっくりと黙ってしまった。そうして斎藤がやってきて「自分は煮物が食べたいから煮物にしよう」そう言って煮物定食を注文したのだった。
注文が来るのを少し離れた場所で待つ。皆の姿を見てみれば、洋食を頼む者もいれば、そばを注文している者もいる。その光景を見ていると「やっぱり、和食だよなぁ・・」とどうしても思ってしまう。
「あ。注文が来たよ。ほら」
そう言って斎藤が圭一の肩をツンツンとつついている。彼はオムレツライスが来たと言って盆を受け取ると橋谷の待つ席へと向かって行った。斎藤のこういうさりげない優しさが圭一は凄く好きなのだ。
「お坊。ぶりが来たよ」
そう言われて前を見ると、顔見知りの女性が圭一をひょいひょいと手招きしている。
何事かと近付いてみてみれば、受け取りのテーブルにぶりの煮つけ定食の乗った盆がちょこんと乗っかっている。しかしよく見てみれば香物の小皿がいつもより一皿多かった。
「あれ?」
「・・・・ごはん。少し多めに盛っといたから、たらふく食いな」
そう言ってにっこりと笑う彼女の名前はお晴という。圭一よりも五歳程年上の女性だ。
郷里に圭一と同い年くらいの弟がいると言っていた。そのせいか、圭一の事をまるで弟を見ているみたいだといって何かと世話を焼いてくれる。
ちらりと彼女の先を見れば食堂で働く女性たちがずらりと並んだかまどや七輪で注文された料理を作っている姿が見えた。
何やら香ばしい香りがして、かまどの方に視線を向けると七輪の上でじゅーっという音を立てながら底の浅い鍋を器用に動かしている女性の姿が見える。
瓶に入った米国産の輸入ケチャップを見ながら、『あ。あれがオムレツライスというものか・・』とふと思った。
「・・?どうしたのさ?」
「・・・・・あ。いつもすみません」
「いいんだけどさぁ・・・あんた、本当に細っこいんだもの。ちゃんと食ってんのかい?」
「食べてますよー・・大根とか。味噌とか」
そう言うとお晴の表情が呆れたような顔つきへと変わってしまう。しかしそんなことはもう慣れっこになってしまって、圭一は盆を受け取ると「いつもすみません」と礼を言って頭を下げた。
「いいよ。そうそう、あんたもさぁ。一度くらい、食べてみたらいいのに」
「何をです?」
「洋食だよ。あんたの友人も皆一度は口にしてるよ。美味いって」
「・・・そうですねえ。機会があれば・・・」
そう言うと圭一は再度、去り際に礼をしてひょこひょこと歩いて行った。
「何を話してたんだい?」
斎藤が問う。彼の席にはお茶以外に白湯の入った湯のみがちょこんと置かれている。
多分、持病の薬を飲むためだろう。胃が痛いと言っていたから。
「・・・・たらふく食えと言われました」
「・・・あー・・・・・・」
困ったように斎藤が笑う。そうして自分の頼んだ昼飯を受け取りに歩いて行ってしまった。
「・・・・和食・・ダメかなぁ・・・」
「ふぇ?」
「美味しいんだけどなぁ・・ぶりに漬物。ご飯に味噌汁。美味いんだけどなぁ・・」
「悪くはないと思うよ。俺だって魚は好きだし。煮つけも好きだ。でも滅多に食べれる物じゃないし。せっかくだからって理由で洋食を食べたくなる時だってあってもいいんじゃないかな。ほら。皆、食ってるし」
「・・まぁ。確かに」
そう言って圭一はホカホカと湯気の立つ茶碗を見た。つやつやぷっくりに炊けた雑穀米は何処から見ても美味しそうだ。ほどなくして斎藤も盆を手にやってきて、三人は少しゆっくりめの昼ご飯を口にするのだった。
「・・・おい。聞いたか?あの曲」
「ああ。今、いろんなとこで流れてるよなぁ・・」
「先日、帝国劇場でも上演されたらしい」
「ふん?」
近くの席で別の学生が何かを話している。醤油がこってりと絡んだぶりを口にしながら圭一はその会話に耳を傾けることにした。
隣に座る橋谷と斎藤は何やら別の話題で盛り上がっているようで、その学生の会話は気にはならないらしい。
「・・・あの」
「え?」
「あっ・・」
しまった・・無意識に話しかけてしまった…と思えどももう遅い。急に話しかけられた学生は首を傾げながら圭一を見ている。うん、これは気まずい。そう思いながらも圭一は話しかけてみる事にした。
「えっと・・歌って・・なんの歌ですか?」
「ああ!君は耳にしたことはないかね?ライスカレーの唄だよ」
「・・・?」
「嗚呼。毎日毎日、カレー尽くしで困ってしまうわ~って内容さ」
「でもさぁ。あれって若い女性がだよ。覚えたばかりのライスカレーを嫁いだ先の旦那さんに食べてもらいたいってんで、屋敷のコックの視線も余所にひたすら作ってるって曲だろ?そもそも華族様でもない限り、ライスカレーなんて簡単に作れるものでもないじゃないか。あ~・・贅沢だよなぁ・・俺らなんて、そんな交際すら出来ないっていうのに」
「全くだ。これを贅沢な悩みというのだな」
そう言って二人の学生は頼んだばかりのポークカツレツと、洋式醤油がかかった熱々のコロッケにかぶりついている。二人の目の前には『黒玉ソース』と書かれた洋式醤油の瓶が見えた。
「・・・へえ」
圭一は見た事はあっても、未だ洋食を口にした事が無い。
コロッケは別だ。あれは何処の大衆食堂や蕎麦屋でも口にすることが出来る料理で、蕎麦屋に行くと、コロッケ蕎麦なる物を注文して食べる人は意外と多い。圭一自身は別皿に分けてコロッケのみを食べる方が美味いといつも思うけれど、食べ方は人それぞれだと思っているので特に不快な感情を抱いたことはない。なので、見た事はあってもライスカレーと言うものがどのような味のする食べ物であるかは想像する事しか出来ないのが事実ではあるのだけれど。
いくら、新しい料理だからって、そればかりが毎日出て来るというのはいささか少し・・・無茶ではないかと思う。
あれが毎日出て来るのだ。努力は認めよう。しかし・・・飽きる。俺だったら絶対飽きるに決まってる。
「・・・・・・ふうむ・・」
雑穀米を口にしながら、ふと考える。
毎日こうやって米と漬物。味噌汁を飲んでいるけれど・・・飽きた事なんて一回もないな。
「・・・なんでだ?」
「え?」
圭一の声に橋谷がこちらを見た。彼の皿のオムレツライスは半分に減ってしまっている。
「・・・ああ・・いやゴメン」
「謝らなくとも構わないよ・・で?どうしたの?」
橋谷の、にっこりと微笑んでいるけれど、早く言えと言わんばかりのその表情に、圭一は噛んでいた漬物をごくりと飲み込んだ。そうして味噌や米は毎日のように口にするけど飽きがこない理由は何だろうと二人の友人に話したのである。
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