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「・・・ふうん」 「霧谷クンはカフェーに行った事は?」 「俺か?ないなぁ・・。あんまり賑やかなとこは好きじゃなくて」 「ああ。俺もそうだよ。出来る事なら世話になってる屋敷の中庭でのんびりしてたいなあ」 そう言いながらのんびりと斎藤が歩いて行く。 橋谷は斎藤の台詞に「せっかく東響に来たからには、東響の文化に触れる事だって悪くは無いと思うのだがなぁ」と苦笑いで返している。 人の往来は凄く、ざわざわと賑やかな声があちこちから聞こえてくる。 その光景を横目にしながらのんびりと歩く今が凄く幸せで。圭一はその雰囲気を壊したくはないと心から思った。その時だった。それまで圭一の肩にぺたりと乗ったまま何も話さなかった蛇女がくいっと顔を上げて険しい表情を見せたのは・・。 「・・・・・・・・・」 『・・どうした?』 「・・・・・・・・・・あまり穏やかじゃないねえ」 『・・・・・?』 蛇女の台詞に圭一の首がふらりと動く。 「・・・・・・・・・・・・・・」 賑やかな人の往来を見上げた先に見えた見覚えのある髪色に、圭一の足が一瞬、止まった。 「・・・・・・・・・・・・・・」 「霧谷クン?」 「・・おっ・・!おいっ!」 その瞬間。眉間に深い皺を残したまま鞄を投げ捨て、人ごみをかき分けながら走り出すのと、そんな彼に気付いた友が呼びかけたのは、ほぼ同時だった。 「・・・・ぐっ・・・」 迂闊だった。周囲を取り巻く黄色い目線にふと気を取られたその隙を、こうも簡単に取られるとは・・・。そう思いながら、咲里はガツンと殴られた頬をそのままに自分に掴みかかる男の顔を見渡した。恰幅の良い、若い男達だが、自分には生憎覚えがない。 こういうことは初めてではない為、歩く時には若干の緊張感を潜ませながら隠れるように進んでいたのだが、今回ばかりはそれが仇になったらしい。 呼び止められて振り向いたその一瞬の隙を突かれて腹部に一発の拳を受けた後、引きずられる様に建物の隙間へと押し込まれてしまった。入り組んだ路地裏からは進む人々の横顔だけが垣間見える。 その路地裏で、血の味が残る唾を吐き捨てながら咲里は男達を見た。 「・・・・・私に何か用かい?」 「何か用かじゃねえよ・・知り合いの女を泣かせやがって!」 「・・・・・・・・・・女?」 ふと、要の脳裏を様々な女たちの姿が過っていく。 最近は、女友達と会うだけで、肉体関係を持つような事はない。そもそも、それが目的なら壬晴さんの見世に行けば良いだけの話だ。 見世の姉さまたちの方が色々と安心だし、気兼ねなく眠ることが出来る。 ・・・というか・・泣かせた?誰が?私が?冗談じゃない。 一体何の話をしているのか分からないといった表情で咲里が男に視線を向けた。 「・・・・・・何のことを・・言っているのか分からないのだけど・・」 「何?」 「本当に覚えが無いのか・・?」 「桃色の小紋が似合う黒髪の女を知ってるだろう・・?」 「・・・・・ああ」 言われてみれば、そんな女がいた気がする。呼び止められて一緒に出掛けた事が二、三度あった。自分を見る目に好意を感じたので、あえて知らない振りを貫き通した。 最近は見ないと思っていたが・・・。 「思い出したか・・?」 「・・その娘さんと・・・私に何の関係が・・?」 「・・・大ありだ!この色情狂がっ!」 そう言いながら、男の拳がもう一度顔に飛んでくる。 「ぐっ・・!」 びりりっと雷が走ったような衝撃を脳天に受けながら、睨むように咲里が男を見た。 「・・・そういや・・・こいつ・・・聞いたことあるぞ・・」 繭をひそめながらもう一人の男が話す。無駄に拾い横幅と野太い声が特徴の男が上体を屈めながら見上げるように咲里を見ている。 「?」 「・・ああ。やっぱりそうだ。お前、最近はとんと耳にしなくなったが、昔は相当お盛んだったそうじゃねえか」 「・・・・・・」 その言葉に、咲里の表情がさっと青くなった。 目を見開いたまま、硬くなった表情の咲里を見下しながら着物を掴む男の腕が微かに緩む。 「男も女も食い散らかす奴がいるって、昔。某界隈じゃ有名だったんだよ・・なぁ?」 「・・・・なっ・・」 その声に、咲里の唇が若干震えた。 脳裏のどこかに沈んでいたはずの何かが、音を立てずに浮き上がっていく。 嘲笑うような男の口元が、うっすらと見えた。 「・・・・・へえ・・そうなのか・・」 開けて鎖骨が覗く咲里の肌を伝うように男が見ている。 「・・・・・・・・・・・・・・」 その視線を直に感じながら、彼は睨まれたカエルのように動けなくなった。 ここにいてはまずい。逃げなくてはいけないと思うのに、足が上手く動かないのだ。 喉がカラカラと乾ききって背筋を冷たいものが何度も伝っていく。 「・・・・・・・ぁ・・ぅ・・・・あ・・・・」 その時、咲里の脳内を走馬灯のように何かが走り去った。

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