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それから、三日が経過した。 あれから特に金髪碧眼の友人に出会う機会も無く、日々平穏に過ぎていく。 圭一は大学の帰りに叔父の家に行く用事があったので、屋敷に立ち寄る前に卵をふたつ購入した。 出迎えてくれた執事の男性に卵を手にしていることを指摘され、牛脂の話を持ち掛けてみたところ、それならば余った牛脂があるからと小袋に入れて持たせてくれた。 何に使うのか細かく聞こうとしない。彼のそのさりげない気づかいが圭一には非常にありがたいものだった。 「ふっふっふっ」 『気味が悪いったらありゃしないよ全く』 「ぐふふふふ」 『豆腐の角にでも頭をぶつけたかね』 食材を手に、うきうき気分で下宿屋に戻った圭一が、がっくりと肩を落としたのは自室に戻ってすぐの事だった。 「・・・しまったー・・・うちにはかんてきがねえんだった・・・」 しかも、無いのは七輪だけではなかった。卵焼き器も無ければ底の浅い鉄鍋も置いていない。あるのは土鍋と炮烙。かまどの上に深い鉄鍋がずんと置かれている。 しかも炮烙に至っては持参しただけで、使った事が一度もない。 「・・・いや・・待てよ」 確か、食堂では底の浅い鉄鍋で肉と炊いた米かなんかを炒めて上から溶き卵を乗せていたはず。青臭くて好きじゃねえからトマトを使おうとは思っていなかったが・・洋式醤油なら何とかなるんじゃねえか・・?要は炒めて乗せればいいのだ。 「よし!まずはやってみよう!」 炮烙を手に、そう意気込む圭一の背を眺めながら『やれやれ・・意地なんかはらずに食堂でオムレツライスを食べればいいのに・・素直じゃないねえ』と蛇女は重だるい息を吐いた。 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 一時間が経過して、出来上がった品を前にしたまま、更にがっくりと肩を落とす圭一の姿がそこにはあった。 「・・・・・ううう・・・」 『・・・・敗北したって感じだねえ。坊ちゃん』 それは食堂で見るオムレツライスとは似ても似つかぬ品だった。 牛脂を溶かし、米を炮烙の上に投入したまでは良いけれど、米が殆ど炮烙にぺったりと張りついてしまっている。半ば意地になりながら溶き卵を入れた所までは良かったが、米に更に溶き卵が張り付いてしまい、箸ではどうにもできずにガリガリとかき混ぜる事しか出来なかったのだ。 その結果、何だかよく分からないけど炮烙に張り付いて黒く焦げた米と卵。 更に、炒めて取り出した油の匂いしかしない米だけが、眼前にピカピカと光沢を放ちながらその存在感を主張しておられるではないか。 仕方なく彼は取り出していた米を炮烙に戻すと、「はぁーっ」と本日、数回目のため息を吐いた。 ・・・・舐めていた。簡単に出来ると思い込んでいたが、現実はそうそう甘くはなかった。 簡単にできると思い込んでいた自分を心から恥じながら、圭一は炮烙の中の米を見た。 「これどうしよう」 「・・・・・お邪魔するよ」 その時、圭一の部屋のドアがガチャリと開き、数日前に出会った金髪碧眼の美青年、咲里がひょいっと顔を覗かせている。手当てを受けたのだろう。殴られた顔はすっかりきれいに治っていた。 「ああ」 「どうかし・・って・・ええ?」 何これキミどうしたの?と咲里は炮烙の上に乗っかっている謎料理を見た。 「・・・オムレツライスを作ろうと思ったんだよ」 「・・・・オムレツライスって・・君。どう見てもこれは家畜のえさにしか見えないよ?」 「・・・・・・・・・・」 じとりと咲里を見る。彼は目線を彷徨わせながら、かまどの側に置いてあった匙を手に取ると炮烙の中の米をすくってハムっと口に放り込んだ。 ふんふん・・ふんふんと言いながら咲里がもぐもぐと口を動かしている。 そうして匙を手にしたまま「うん。悪くない味だよ。でもちょっと米が少ないかな」と呟いた。 「・・・・・食べなくて良い」 「どうしてさ。食べようよ」 そう言って要が笑う。その表情は穏やかだった。 「・・・・・」 むむむと口を動かしながら圭一が咲里を見る。やがて根負けしたとでもいうように圭一が立ち上がると、深い鍋と味噌を手に取った。 「米を足して粥にしよう。味噌を使ったら案外いけるかもしれない」 そう言いながら圭一が炮烙に張り付いた米を小刀でガリガリと擦っている。 それを後ろで眺めながら「大学に洋食は無いのかい?一度、本物を食べればいいのに」と呟いた。 『アタシもそう言っているんだけどねえ』 「・・・?」 「どうした?」 「いや・・・何でもないよ」 「?」 そうして出来上がった粥は想像以上に美味かった。いつも食べる粥に比べると水分は少なくとろみがあり、味も深みを増した気がした。若干、焦げた味は残るものの、粥の中に入れた塩抜きした壬生菜と一緒に口に入れると、その焦げも違和感なく食すことが出来る。 とろりとした粥に薄味の大根の漬物は良く合った。

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