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第10話

「僕、この先にある、奴隷商店で働いてて…」 働くとは違うのかもしれないと、言ってから思った。 マシューは主人から給金を貰っていない。ボロボロの服に残飯のような不味い飯、階段下の狭くて暗い部屋が与えられているだけだ。 「僕、兎だから戦闘用にもなれないし家事用にも向いてないし…兎だけどβだから発情期もないし愛玩用にもなれなくて…だから、だから僕には価値がないんです。鈍臭くて使えないって、いつも怒られてばっかりで…」 笑顔が宝だなんて、そんなことはないのだと続ける勇気はなかった。 ジワリと浮かんできた涙を堪えるために顔を上げて笑顔を浮かべたが、自分でわかるほどに下手くそな笑顔。そういえばさっきのように何かが可笑しいと感じて笑ったのだって随分久しぶりのような気がする。楽しいとか嬉しいとか面白いとか、そういう感情とは縁遠いところにマシューはいる。 リチャードはよっこらせと似合わない掛け声とともに腰を持ち上げると、グーっと伸びをした。 「…綺麗事に聞こえるかもしれないが、生きとし生けるもの全てに価値と意味があると俺は思ってる。人間も獣人も魚人も、虫も雑草もな。だからそんな風に言うな。」 サングラスの向こうの瞳が悲しそうに揺れる。その微笑みは痛々しくてそれでいてとても綺麗で、マシューは涙も引っ込んでジッと見つめ返すしか出来なかった。 この人は、何を経験して何を感じ、何を思ってそう思うのだろう。綺麗事に違いないが、それが無知ゆえの未熟な言葉とはとても思えなかった。 「それにな、鈍臭くて使えないって俺はちょっと抗議したいぞ?昨日の果実、君があの八百屋で選んだんだろう?」 「え?…はい。」 「どれも鮮度が良く美味しそうなものだった。あの山積みの中から選んだのなら大したものだ。食材の目利きは知識が必要だからな。」 マシューは、その言葉を素直に喜ぶことが出来なかった。 俯いてしまったマシューに、リチャードが虚をつかれたような意外そうな表情を浮かべる。きっと喜ぶと思ったのだろう、期待を裏切ってしまったこともまたマシューの心を重くした。 「知識なんて、街の人たちの根も葉もない噂話です。人の知識を正しいかどうかも知らずに…」 「え、噂話から?」 マシューの話を断ち切ってまで食いついてきたリチャードはサングラスの向こうの瞳をまん丸にしている。 突然大きな声を出したリチャードにマシューはびっくりして、くたりと垂れた耳がピンと立ち警戒心をあらわにその部分にだけ生えている毛を逆立てた。 怒られるのではと警戒心と恐怖心をありありと見せるマシューに気付いているのかいないのか、リチャードはマシューの痩せた肩をポンと叩くと、ニッと満面の笑みを浮かべた。 「すごいじゃないか!」

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