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第11話
「喧騒の中で大切な情報を仕入れるのは容易なことじゃない。しかもだ、それを覚えていて必要な時に正しく実行するなんてことはなかなか出来ない。凄いことだぞ?」
意外な一言にキョトンとしたマシューをよそにリチャードは1人満足気にうんうんと頷きながら声高に語り、少しすると満足したのか再びマシューの肩を優しく叩いた。
「もっと自信を持て。」
旅人風の軽装にサングラス。ターバンまで巻いて、見た目だけならとことん怪しいリチャードのその表情が、懐かしい記憶を呼び覚ます。
マシューがまだ小さい頃、彼はマシューが何か一つ出来るようになるとぶっきらぼうに頭を撫でてくれた。
いつから褒めてくれなくなっただろう。もう随分前のように感じた。人の血が濃い自分よりもずっと温かかった手の感触は、もう少しも覚えていない。
「ああ、もうこんな時間か。そろそろ戻らないとジョージが起き出すな…すまないな、ゴミ捨ての途中だったんだろう?お詫びに手伝うよ。」
記憶の彼方に追いやったはずの何かがひょっこり顔を出してツンと鼻の奥を刺激し、マシューは僅かに顔を歪めた。きっと、リチャードは気付いただろうと思う。けれど何も言わずに投げ出されたままだったゴミ袋を両手に持ち、マシューが歩き出すのを待った。
マシューはぐしっと鼻を一度だけすすり、残っていた一番軽いゴミ袋を一つ持ってリチャードの前を歩く。半歩後ろからついてきたリチャードと、それっきり会話することはなく、別れの挨拶だけをした。
「どこで何をしていたんだこのグズめが!ゴミ捨て一つにどれだけ時間をかけるんだ!!」
苛立ちを隠そうともせず壁を蹴り飛ばし酒を瓶のまま煽る主人は、今日は一際機嫌が悪いように見える。マシューが怒鳴られる姿を見て、商品の奴隷たちがクスクスと笑っている。
まだ早朝だというのに赤ら顔で怒鳴り散らす姿に、マシューは記憶の中の主人を見出せなくなっていた。
「…ごめんなさい…」
「申し訳ございませんだと何度言わせるんだ!!もういい目障りだ!!さっさと朝食の支度をしろ!!」
マシューが生まれて間もなく貴族に買われていった母に代わりマシューを育ててきたのは、彼だ。
いつからか、そうマシューがβとわかった頃から彼はマシューにきつく当たるようになり、世界各国で奴隷が禁止されてからはそれが顕著になった。奴隷が禁止された途端に売れ行きが悪くなり生活が苦しくなったのも、マシューはよくよくわかっていた。
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