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第12話

数日が過ぎたある日、マシューは主人の言いつけで買い出しに来ていた。 今朝は綺麗な青空が広がっていたはずなのに、太陽が真上に来る頃にはその姿を確認することが出来なくなっていた。 暗雲が立ち込めぽつりぽつりと降り出し、それが視界を遮るほどの大雨になるのに時間はかからなかった。 マシューは両手に抱えた買い物袋を抱きしめて帰路を急ぐ。この雨で洗濯物がダメになってしまっては、折角ご機嫌であった主人の機嫌を損ねてしまうだろう。この雨の勢いでは絶望的だが、せめて一刻も早く帰って取り込みたい。一分一秒早く帰るだけでも主人の機嫌がほんの少しマシのような気がした。 早く早く、折角買った果実やパンも濡れてしまう。 自らを省みずに早足で歩くマシューに、何者かが声をかけた。 「ん?君は…この前の。」 「えっ…あ、リチャード様の、えーっと…」 「ジョージだ。」 真っ黒い美しい毛並みに鋭い眼光、唸るような低い声にマシューは本能的に怖気付いて半歩後ろに下がった。それと同時にきょろ、と辺りを見回してリチャードの姿を探してしまう。 ジョージはそれをしっかりと見ていたようで、すかさず答えを示した。 「リチャード様ならすぐにお戻りになる。心配せずとも迷子になりようもないところだ。」 「えっ…あ、その、そんなつもりじゃ…」 「お会いになるか?…と言いたいところだが、急いでいたのだろう。引き止めてすまなかった。」 ジョージは僅かにこうべを垂れた。高位の獣人に、いや寧ろ誰かにこんな風に接されることが今までになかったマシューはあわあわと首を振って応えるしかできない。こういう時にどういう言葉を返すものなのか知らなかった。 すぐに帰らなければならないのはその通りなのに、足が動かない。それは紛れもなくリチャードに会いたい一心からで、そしてここに留まっていればリチャードに会えるのは明白だからだった。 マシューは胸元をキュッと握った。そこにはリチャードからもらった小さな紫水の指輪がある。雑用をこなすには指輪は危なっかしく、麻の貧相な紐に通して毎日大切に首から下げているのだ。服の中に潜む輝きが、何かから守ってくれるような気がして。 マシューはなけなしの勇気を振り絞って口を開いた。 リチャード本人は答えてくれないであろう問いをこの人に投げかけるために。

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