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第13話

「…あの、リチャード様って…とても高貴な身分のお方です、よね…?」 聞こえるか聞こえないかの小さな声は、雨音に負けてしまったかもしれない。答えが得られなかったらそれでもいい。 そんな気持ちで尋ねた問いだった。 ジョージはマシューを一瞥する。まるで刃物の(きっさき)のような視線に、マシューは足がガクガクと震えるのを感じた。 「…私は、見ての通り黒豹の血を持つαの獣人だ。」 雨音に負けてしまいそうな小さなマシューの問いに、ジョージは静かな声を雨音に隠して返した。 明確な答えではなかったが、それだけで十分だった。 αの黒豹を従えることが許されるなんて、そこらの貴族ではない。もっともっと、雲の上のような地位にある人だ。 「おまたせジョージ…あれ、マシューじゃないか!」 そこへ丁度現れたのはいつもの怪しげな風貌に、傘代わりだろうか、大きな布を被ったリチャードだ。 リチャードは持っていた小さな茶封筒をジョージに渡すと、自分が傘代わりにしていた大きな布をふわりとマシューにかけてくれた。 「濡れているじゃないか。使いなさい。完全には防げないけれど、ないよりマシだろう。」 布はしっとりと濡れていて、けれどリチャードの温もりも残っている。ふわりと香る上品な香りは、香水なのかそれとも別の何かなのか。それはβのマシューには判断ができなかった。 「でも、リチャード様が…」 「俺は大丈夫。ジョージ、もうすぐそこだろう?」 「はい。」 リチャードは懐からハンカチを取り出すとマシューの濡れた頭を簡単に優しく拭いた。 温かい手、優しい手。 マシューはその感触を堪能して、込み上げる涙を隠そうと俯いた。 「風邪を引かないように気をつけるんだよ。」 そう言って微笑んだリチャードは、ジョージを従えて去っていく。その後ろ姿が見えなくなった頃、マシューはようやく歩き出した。 洗濯物は、もう諦めよう。帰ったら洗い直して主人に潔く怒られよう。 マシューは歩く速度を速めた。まるでリチャードから早く離れたいと言わんばかりに。 奴隷商店でこき使われる奴隷以下の小汚い兎が抱いた仄かな恋心。雨に紛れて伝う涙と一緒に流れて何処かへ行ってしまえばいいのに。 「好きです…リチャード様…」 小さな告白は、今度こそ雨音に負けて掻き消された。

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