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第14話

「ねぇ知ってる?雨は神様の涙なのよ。」 知ってます、と小さく答えると、美しいブロンドの髪をした人間の少女は興味なさそうにそう、と応えてため息を一つ、そして黙った。 そう教えてくれたのは誰だったか、マシューは窓の外で音もなく静かに降り注ぐ霧雨を眺めながら考える。 いや答えはわかりきっている。 奴隷のΩの胎から生まれ落ち、その母の記憶はない。そんなマシューにものを教える者は、たった1人しかいなかった。 「神様は何故泣くのかしら。私達の運命を好き放題に決めて、ただそれを天から眺めるだけ。なにが悲しいのかしら。」 まだ幼さを残す声が色も温度も失い、絶望を得る。ここにいる奴隷は皆未来を悲観して遅かれ早かれそうなっていく。 奴隷が禁止されてもなお奴隷を買いたがる貴族のもとでどんな扱いを受けるかなど、想像に難くない。皆一様に、買われるよりもこの商店に残ることを望んでいた。衣食住が約束され、仲間がいて、主人という指導者もいるここは奴隷の身分である彼らには存外居心地が良いらしかった。 「明日の奴隷市、私も出品されるのでしょう?…ここは思ったよりも快適だったわ。兎さんもよくしてくれたしね。 」 そして彼女もまた、その一人だった。 ─── 奴隷制度が禁止されてから5年。昔はメインストリートで月に一度複数の奴隷商店が集まって、盛大に奴隷市が開催されていた。商人は意気揚々と商談を進め、奴隷は皆自慢の身体を見せつける。貴族は目的に沿った奴隷を買う。奴隷商店は普段から営業しているが、収入の9割はその市からだった。 奴隷制度が禁止されてからは、同じメインストリートで満月の夜にひっそりと行われている。昔のように盛大な装飾も客寄せもなく、当然客足も鈍い。しかしそれでも、通常営業の何倍もの売り上げがあった。 マシューはそんな一大イベントが、とても苦手だ。 身なりのいい貴族が屋敷の中をちょこまか動き廻るマシューを見つけると、かなりの確率でニヤリと嫌な笑みを浮かべる。 そしてそういう笑みを浮かべた貴族たちは、決まってマシューを指差して主人に問うのだ。 「アレはいくらだ?」 と。

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