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第20話

「失礼、その指輪は私が彼に助けていただいたお礼として差し上げたものなのですが…何故あなたがそれを?ああいえ、彼が貴方に譲ったのならいいのです。ただ、あまりに不自然な状況に見えたものですから。」 主人はパクパクと鯉のように口を開閉するだけで、意味のある言葉は何も出てこない。 美しい紫水の瞳を氷のように冷たく光らせたリヒャルトに震える手で大人しく指輪を差し出す。まるで、操られたかのようにも見えた。リヒャルトは何事もなかったかのように主人に背を向け、歩き出す。 「しっ…紫水の、悪魔…!」 そう零したのは一体誰だったのか。 リヒャルトはピタリと動きを止め、ぐるりと周囲を見回した。微笑みを崩さないその姿に誰もが息を飲んだ。それはマシューも同じで、腫れた顔で潰れた視界の中、リヒャルトをただただ凝視するしかできなかった。 漆黒の髪が月の光でキラリと輝き、紫水の瞳が闇夜に爛々と浮かび上がる。 大きな月を背景に悠然と微笑むその人は、確かに悪魔のようであった。 「ええ、私のことをそう呼ぶ人も…少なからずいますね。」 その一言で、先程までは一体何だったのか、蜘蛛の子が散るように皆逃げていった。 ただ一人、アシュトン王子だけが力無く礼をしてふらふらと去っていく。猫の獣人が一人アシュトン王子を自分のテントに迎え入れたのを見届け、残されたのはいよいよマシューたちだけとなった。 「…マシュー。」 返事をしなければ。 そう思うのに、マシューの喉はカラカラに乾いてしまって声が出ない。あちこちがジンジン痛みすっかり冷え切った指先を、リヒャルトがそっとすくった。 「マシュー、すまなかった。怒っているかい?」 マシューはふるふると首を振った。 リヒャルトがまた困ったように笑う。先程皆を前に堂々と真の奴隷解放を訴え、主人から指輪を取り返した人と同一人物には思えない程に優しさに満ちた眼差しに、マシューの心の奥底がトクンと高鳴った。 しかし、マシューはそれどころではなかった。 「リチャード様…いえ、リヒャルト様、僕…」 僕はこれからどうやって生きていけばいいですか。

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